脳内でコ○ンのBGMを垂れ流しながらスケボーで爆走したい人生でした
「ふむ。だいたい事情は把握した……」
俺は桜からおおよその事情を聞いて、むむむ、と唸り声をあげた。
どうやら木乃葉が見知らぬ男と今、なぜか廃校になった小学校にいるらしい。
そして何故、桜がそんなことを知っているのか。
俺はまずそこからツッコむことにした。
「ええと、桜さん?」
「なんですか、にぃに!」
「なんで木乃葉に盗聴器をつけているのか……、説明してもろうてよきか?」
やはり聞いてきたか! と言わんばかりに桜はぎくりと、ばつが悪そうに視線を逸らす。
そう、桜はさっき、「にぃに大変です! 木乃葉さんの盗聴器から男の人の声がァ!」と血相を変えて言ってきたのだ。いやまじでどんな報告だよ。
どうやら盗聴器にはGPS機能もあるらしく。それがちょうど廃校舎をさしていたので、桜はとっさに誘拐と判断したようだ。
さっきのかおりと和葉のレインもそれを伝えるためだったのだろうか。二人一緒に帰っていたし、恐らく木乃葉を見かけて二人で尾行でもしたのだろう、たぶん。
「だ、だって、にぃにの周りの虫は私が管理しないと……」
「怖いからっ! 何そのメンヘラ属性。兄ちゃんはドン引きです」
と、俺はまさかの妹の趣味にドン引き。誰だこいつをマドンナって言いだしたやつ……。
とまあ、それは後で考えるとして。
「その流れだとかおりと和葉の位置も分かってんだろ?」
「はい……。でも……」
と、言いにくそうに桜。
「どうした」
「離れすぎてるせいか、反応が途絶えちゃって。あ、あと、音声が途絶える前、和葉さんの絶叫が聞こえてきたのです」
「ええ……。あいつら、マジで何やってんだ。レインもあてになんねーし」
俺はぼやく。日はすっかり沈んで、ついには下校の時間だ。
俺はそこまで考えて、既に何をするか決めていた。俺がその選択をするのはもはや必然。
「ちょ、俺、様子見てくるわ。場所、だいたいわかるし」
「にぃにが行くなら私も」
俺の裾をつまむ桜を引きはがして、額をデコピンで軽くはじいてやった。桜は「フニャン」と鳴き声を上げて涙目。
「お前は大人しく待っとけ。あと、帰ったら説教です」
「にぃにのいじわりゅ」
俺はむくれる妹を無視して、天音に視線を向けた。
「とまあ、なんかいろいろやばいらしいから、行ってくる」
「コータ。気を付けてね」
いつもよりもしおらしく天音が頷いた。
「お、おう。あとのことは頼んだ。任せる」
「分かった。あと、これ」
天音はそう言って、手に握っていたものを投げてきた。俺はそれをキャッチして手を開く。
「自転車のカギ。ぜひとも使うがいい」
なぜかドヤ顔の天音に俺は、
「あれ、お前自転車じゃないだろ」
疑問を呈した。
天音が自転車に乗れるわけがない。彼女はいつも車通学だ。そうなるといったい誰のチャリンコだ?
「和葉の自転車。かおりが歩きだからって、学校に置いていった」
「そういうことか。……って、なんでお前が和葉の自転車のカギを!?」
「和葉、いつも部室の机に適当に放り投げてるから」
「お前もお前だが、和葉の管理杜撰すぎるだろ……」
今度からは部室のカギ、和葉に託すのやめよ……。
「コータ。気を付けてね!」
俺が部室から出ようとしたとき、天音にしては珍しく大きな声でそう言った。そんな名残惜しそうにされたら、フラグみたいで怖いんだが。
そしてすぐそばで、並々ならぬ殺気が……。
桜さん、天音をそんな目で睨みつけないで!?
「ま、心配すんな」
俺は恥ずかしさをごまかしながらそう告げて、走り出した。
自転車を爆速で走らせながら、俺は考えていた。
木乃葉が最近俺を避けていたのは、彼氏ができていたからなのか? それならそうと言ってくれたらよかったのに。
別に、幼馴染が誰かと付き合っても、俺に止める資格はない。けど、
(うわ、なんで俺こんなもやもやしてんだ。嫉妬してんのか?)
俺らしくない。
でもなんか、こんなことになってるし、もし誘拐がガチなんだとしたら、木乃葉のやつは一体何を考えているのだろう。
ずっと一緒に過ごしてきたってのに、肝心なところで何も分かっちゃいない自分がひどく腹立たしい。木乃葉がよそよそしくなった原因が俺にあるとしたのなら、俺はいったい何をやらかしちまったんだ?
現実は現代文みたいに甘くない。
入り乱れる感情の連鎖は矛盾し合いながら複雑に絡まり合って、俺たちは決定的なすれ違いを引き起こす。
「ああー! めんどくせえ! 何やってんだ、あいつは!」
細かいことを考えるのはなしだ!
俺はぜえぜえと息も絶え絶えにペダルをこぎまくる。
これじゃあ、公道を自転車で爆走するヤンキー擬きだな。それならいっそのことスケボーが良かったぜ……。
脳内でコナンBGM流しながらスケボーで爆走したかった……!
俺は割とマジで警察に止められやしないかとひやひやしながら、目的地へ向かうのだった。
◇◆
浩太が行った後。残された二人はというと。
「ええと……、ええと、どうしましょう。警察に通報? いやそれはさすがになし? どうしよう……。パパは電話に出ないし」
「落ち着いて、コータシスター」
あわあわと慌てる桜に、天音は努めて冷静にそう言った。実際、天音の心は落ち着いていた。
「な、なんですかその名前!」
しゃあー! っと威嚇する桜。浩太のことが好きすぎるのか、桜の中では天音も敵として認識しているらしい。
それはそれで悪い気はしない天音だったが、今は緊急事態だ。
「妹だから、シスター。そんなことはどうでもいい」
「むむぅ」
「あてがあるわ」
そう言って、天音はスマホでレインを開いた。
トーク シュウ
ツヨツヨ
ツヨヨンもとい小野寺シュウへそう送ると、一秒で既読が付いた。
あまりにも早すぎて、一周回ってドン引きものだ。
トーク シュウ
どーしたのカナ。オレの天使ちゃん
——友達が誘拐されたかもしれない。今、コータが向かってるの。
——ええと? それはどういうことカナ。kwsk。
「誰に連絡しているんですか」
そう覗き込んでくる桜に、
「信頼できる人。だと、思う」
天音はそう答えた。どっちつかずな物言いに、桜の眉根が寄せられる。
本当はコータについていきたかった。自転車だって、もし自分が乗れたら、彼に自分の物を貸してあげたかった。
でも、やれることは限られている。
天音はこつりと杖を鳴らした。
「任せて、大丈夫ですか……?」
どうしたらいいのかと不安げに瞳を揺らす桜。そんな時、再び天音の画面に通知が届く。
トーク シュウ
オーケー。任せろ。
通知を見た天音は、頬を緩めて帰り支度をし始める。
「私は帰る。桜も、帰った方がいい」
「え? で、でも」
「やるべきことは、やったもの」
しなければならないこと、できることは、もうやった。あとは浩太を信じるだけ。
そして天音は、言うまでもなく彼に全幅の信頼を置いている。この時桜は直感した。数森天音は思っていた以上に強い、と。
自分の力量を的確に分析し、弁え、誰にも媚びることなく悲観することもなく、前だけを見据えている。
その視線の先には、言うまでもなく浩太が立っている。脇目も振らず彼だけを見ている。
「……そう、ですね。にぃにを信じて私も帰ることにします」
「うん、そうね」
そうして、残された二人の方針も決まったのだった。
そしてこの時、桜は思った。
もしかしたらクローズドサークルのメンバーの中で一番侮れないのは天音なのでは!? と。
これは、浩太がひいきする理由も分かる。
(天音さん、マークする必要がありますね)
桜の要注意人物リストの天音の危険度レベルが1上がったのだった——。
 




