友達がいない歴=年齢ともなると、絶対仲間を見捨てたりなんかしないのだ。
「かおり、これって黒じゃない?」
「黒ね。というか……」
そう言ってかおりは物陰から対象を観察する。
柊木乃葉とその男はしばらく歩いて、ここ最近廃校になった小学校に二人して足を踏み入れた。どちらも自然な足取りで、例えばどちらかが無理やり、みたいなそんな様子は見受けられない。
とはいえ……。
(どうしてこんなところに。柊さんってそんなひとだったかしら)
「ふ、二人が付き合ってそうなのは濃厚だけど、こ、こんなところに来て何するのかしら」
和葉が眉をひそめながら呟いた。
それはかおりも同感だ。というか、時刻は既に19時が近い。無論見つかれば注意だけじゃ済まされるか怪しい。あの真面目な柊木乃葉がそんなことするだろうか。
浩太から聞いていた彼女の像とはかけ離れている。
と、そんな時。男が柊木乃葉の腕を掴むのが見えた。
「こ、これはきっと誘拐に違いないわっ!」
その様子を見ていた和葉が確信を持ったように真っ直ぐな瞳で言う。相変わらず声が大きいのでかおりはひやひやしながら、
「そ、そうね。そう考えるのが妥当かもしれないわ」
「き、きっとあれよ。人気のない廃校舎で、あ、あんなことやこんなことをするのよっ!」
と、顔を真っ赤に染めながら和葉。あの入隊試験以来、かおりの経験豊富なエロ漫画知識を事あるごとにたたきつけられた和葉の脳内は、すっかりピンクである。
もはやそこに少女漫画的な純潔さはかけらもない。残念ながら。
「これだとどういうシチュエーションになるのかしら。廃校舎で夜の心霊プレイ……。なんて斬新なっ!?」
「な、なにを考えてるのよかおりっ! き、緊急事態なんだからねっ!」
「和葉、あなたならどう」
「ふぇ……?」
かおりにがしっと肩を掴まれて訊ねられる和葉の目はウルウルしている。
「幽霊に見守られながら廃校舎の保健室で浩太にあんなことやこんなことをされるのよ想像して」
「……」
真面目な和葉は言われた通りに想像したのだろう。
耳まで真っ赤に紅潮して……。
「ななななんな、なんてことしょうじょうしゃしぇるのひょっつ!!!!(訳:なんてこと想像させるのよ!!!!)うえっつ、きもちわるいっ、浩太の変態!」
と、この場に浩太はいないのに拳をぶんぶん振り回して、エアー浩太をしばきまわす和葉。
またまた浩太の知らないところで彼の好感度がだだ下がりした(今回ばかりはとばっちり)。
(かなり良いシチュね。アリだわ。浩太にあんなことやこんなこと……うへへぇ)
かおりは密かに妄想しながら、ちょっぴりいつもより内股になった。
「そ、それより! 早く浩太にこのこと伝えないとっ!」
「確かにそうね。私がやるわ。はいてくなすまーとふぉんがあると便利ね」
ごそごそと懐を漁ってスマホを取り出す。和葉は「早くしなさいよね」と急かす。
かおりは慣れない手つきでスマホを起動させた。(かおりはスマホは使わないときは電源を切っておくのが普通だと思い込んでおり、スリープモードの存在を知らない)。
「あんたなんでスマホの壁紙までエロいの!?」
かおりのスマホの待ち受けを見た和葉が度肝を抜かれる。
「え、普通よ?」
平然と答えるかおりに、
「え、そうなの?」
和葉は信じた。
「待って。い、今からおくりゅわ」
と、レインを立ち上げたかおりはプルプル震える手で、小指をスマホの画面に打ち付けていく。集中しているので滑舌がおろそかになっているが、そんなことにも気づかず消しては入力してを繰り返し……。
「送ったわ」
「かかり過ぎよ! た・い・へ・ん・よの5文字を送るのに何分かけるわけ!?」
「ああ! 和葉シャラップ! 耳元で騒ぐから誤字まみれになったじゃない!」
ポチッ。
ひゅあいらびさんがてぇいへんよ、などという明らかにふざけたクソ暗号が浩太のトーク画面にぶち込まれた。もちろんかおりは送信取り消しなどという、それこそ叡智な機能の存在を知らないのでアウトである。
(でも、浩太なら意思を汲みとってくれるはずよ!)
密かに期待を寄せるかおり。そしてすぐに既読が付き……。
トーク 浩太
ちょっとよく分かりまへん。
「この鈍感ヤンキー!」
かおりは、はいてくなすまーとふぉんをぶん殴った。
「もう、まどろっこしいわね! あんたそれでも花のJK? 私がやるから見てなさい」
と、今度は和葉がスマホを取り出した。
可愛いくまさんのイラストがついたスマホカバーに、うんこのストラップがぶらぶらくっついている。控えめに言って滑稽で、
「ぷっ。あ、あなたっ、しゅ、趣味悪いわね(笑)」
かおりは吹き出した。
「なんでよっ、かわいいのにっ!」
和葉は「この良さがわからないなんて感性が乏しいのね!」となぜか勝気な様子で胸をそらす。
かおりはこの際なので「クマがうんこ出してるみたいじゃない」とはあえて言わないでおいた。
「ええと、こうし、て。こう! どう、早いでしょ?」
ドヤ、とした顔でトーク画面を和葉が見せつけてくる。やけにあっさりしているなと思ったら、
「え、なんで一文字ずつ送ってるの?」
と、かおりは「こいつふざけてるのか?」という意味を込めて真顔でツッコんだ。
「へ? 日本では一文字ずつ送るのがマナーなんでしょ? 天音が言ってたわ」
あっけらかんと答える和葉に、
「ああ、それもそうね。そーだったわ。私としたことが、忘れてたわ」
かおりは心の中で爆笑。上がりそうになる口角をさりげなく手で押さえる。
もはや、かおりをからかうのは文化になっているようだ。元凶であるかおりは、悪びれる様子もなく、
「あと、とっておきを教えてあげるわ」
「え、なに!」
「挨拶をするのよ」
「あいさつ?」
「そう、トークを始める前に『おかえりなさいませ、ご主人様っ♥』と、送るのよ。これで男はいちころよ」
素の顔で言うかおりに信憑性を感じたのか、「いいことを聞いた」と言わんばかりに和葉は頬を緩めて、
「了解よっ! だいぶあたしも日本の文化に馴染めてきたわね。うふっ」
「そーねー」
「ふふーん、ほめなさーい? 和葉様を崇めなさーい! つんつん」
「はいはい、そーねー」
かおりは適当に流しながら、廃校舎の中の様子をうかがう。木乃葉と男が入っていったっきり、アクションはない。中で何をしているのだろう。これは入るしかないのか。
「和葉、送った?」
「……」
(もし中であんなことやこんなことが起きているなら、助けないわけにはいかないわよね)
柊木乃葉はかおりにとってライバルだ。だが、それが助けない理由にはならないだろう。
「聞いてる? 和葉」
「……」
先ほどから視線は廃校舎に向けたまま、背後の和葉に声をかけているが反応がない。
(ははーん。さてはふて寝こいたわね(笑))
と、そんなことを思っていると、
「っ!?」
急にガシッと肩を掴まれた。
「痛っ。和葉、何すん……の、よ?」
振り返って、肩を掴まれた手を振り払うと、そこには金髪の男がいた。
「だ、誰よあなた!」
かおりが叫ぶと、
「え、それは俺たちのセリフなんだけど。で、君たち何してんの」
金髪の男が鋭い目でかおりを見据える。かおりはビクッと足がすくんだ。
「ッッ……~~っ!」
「和葉っ!」
さらに男の背後には、仲間だろうか、4、5人の男たちが立っていた。全員眉毛がない。そして髪が金色で、刈り上げている。
一人の男が和葉の口を押えながら羽交い絞めにしていて、抵抗虚しく完全に身動きが取れない状況らしい。
(どうしよ……、てか、なんで!)
「ええ、無視? おーい。何してんのって聞いてんのぉ、俺たちの島でさァ」
かおりはまさかと戦慄した。島というのはあれなのか。水に囲まれた大陸とは別の陸地、とは別の意味の、縄張り的な意味なのか。
かおりは唇をかんだ。どうやらここは暴走族のアジトらしい。
心臓が早鐘を告げるように、全身から拍動が響いている。
(浩太に知らせないと)
この状況でかろうじて思いついたのは浩太に助けを求めることだった。震える手でスマホを探すが……。
「探し物はこれかな」
「っ!」
男がいつの間にかかおりのスマホを持っている。
「俺、盗むの得意だから。てか、もうちょっと遊んでいこうや」
「総長、こいつら結構いい体してまっせ」
別の男がかおりの全身をなめるように見る。怖気が走りながら、かおりは和葉を見た。
「(かおり、逃げなさい!)」
視線で訴えてくる和葉。しかしかおりはニヒルに笑って、
「はっ。夜中に騒ぐことしか能のないサルのくせに。かっこ悪いったらありゃしないわね」
瞬間、空気に緊張が走った。
「(ばか、なんてこと言ってるのよっ!)」
かおりは引き攣りそうになる頬を隠しながら、凛として睨む。抵抗はない。逃げようなんてこれっぽっちも思わない。
「今、なんつったお前」
「聞いての通りよ」
世の中のぼっちたちにとって、友達は命よりも大事なもの。
友達がいない歴=年齢ともなると、絶対仲間を見捨てたりなんかしないのだ。
 




