俺の幼馴染がめんどくさい!
「はあ……」
時は放課後。かおりも和葉も帰ってしまった部室で、俺はクソでかいため息をついていた。
目の前には、大真面目な顔で新種の漢字を量産している天音の姿が。
「どうしたのコータ。そんなに大きなため息ついたら、魂が逃げるわ」
「それを言うなら幸せが逃げるの間違いじゃない!?」
俺にツッコまれた本人は「あれ、そうだっけ」と言いたげな顔で首を傾げる。
かわいい顔させても駄目なんだからね。
「だって普通に言ったら面白くない」
「面白さはいいから早く正しい漢字を覚えてください……」
そう言いながら、俺は天音の手元に視線を移した。結論から言うと、俺は今、天音の現代文の課題に付き合わされている。
他の成績はそれなりに奮闘しているのに、現代文だけは壊滅的におバカな彼女は、現代文担当の坂上に大量の追加課題を課され……。
「こういうのは早めに終わらせとけよな」
「ちょっとずつ終わらせてるのに気づいたら溜まってるの」
まるで恐ろしいものを見たかのように戦慄する天音。いや、そんな迷宮入り事件に直面した探偵みたいな顔されても……。
「まあ。相手は蛇の坂上だからな」
蛇の坂上。彼に目をつけられたら最後、ネチネチと粘着質に課題の矢を浴びせられるとして、生徒全員の共通の敵となっている。
「コータ、早くやって」
「やりたいのはやまやまだが、筆跡でバレるだろ」
「むうううううー!」
むくれ顔でジタバタする天音はなんかJSみたいでかわいいが、言うと調子に乗るので言わないでおく。
小野寺シュウこと、ツヨヨンが見たらそのスクエアメガネにひびが入ること間違いなしだろう。
ロリエが出張だからって来なかった選択を恨むがいい、自称売れっ子ツヨツヨめ。フハハハハハ。
「コータ、なんかいけない顔してる」
「してないよ。それよりここ」
と、俺は天音の答案を指をさして吹き出しそうになるのを堪える。
「なんだよこれ。この時の気持ちは何か、に対して、そういう気分だったから、はねーだろっ」
「だって……人の気持ちなんてわからないわ」
「こーいうのはな、大体これより前に答えは出てんだよ。悲しくなったら悲しくなる原因がそれまでにあるはずだし、うれしくなったらうれしくなる原因がある。見落としてんだよ」
「おー。コータ、頭いい」
と、目を輝かせて拍手。かおりがいたら、「当たり前のことドヤ顔で言ってて草」って笑われそうだが……。悪い気分はしないな、うん。
「じゃあ、柊さんに避けられてる原因も、コータは見落としてるのね」
まさかの暴露をかましてくる天音に、俺は思わず目を丸くさせた。たまにこいつは鋭いことを言ってくるので恐ろしや。
「なんでそのこと知ってんの?!」
「だって、なんか噂になってたから」
「へ、へー。ちなみにどんな噂か聞いても?」
「『調子に乗ったヤンキーが善意で仲良くしてくれていた柊さんに空気の読めないアプローチをするも、あえなく撃沈。いよいよ見放されるww』って」
「いや、めっちゃ辛辣じゃない!? 俺別にアプローチしたつもりないのに!」
そう言いながらも過去を振り返ってみると思い当たる節々がなくもない……。だって、木乃葉が急に避けるんだもん、気になるじゃん! てか、原因は未だ謎のままだし。
「ちょっと盛ったけど、だいたいこんな感じだった」
「ちょっとどころの騒ぎじゃない件について」
「でも、コータのこと嫌いになったわけじゃないと思う」
ぽつりと言う天音。俺はそんな何気ない言葉に安心したのか、自然と頬が緩んだ。
「だといいんだが」
「でも、コータは私のものだから、誰にも渡さない」
身を乗り出して顔を近づけてくる天音に、妙に心臓が跳ねてドギマギ。
(普通にかわいいから、凝視されると気まずいんだよな)
「あくまでモノ扱いですかい」
俺が言うと、
「今までで一番好きよ」
「い、今までで一番!?」
「最高の抱き心地。抱き枕にして大量生産したい」
「あ、そっちね……」
そんなことだろうと思ってたけど、いざ言われると男心が目覚めてしまう。若干の拍子抜けとともに、俺は苦笑いをこぼした。
「てか! そんなことはいいから早く課題を……」
と、恥ずかしさを紛らわせるために話題をそらそうとした時だった。手元のスマホに、通知が鳴り響き、俺と天音は自然とその画面に視線が吸い寄せられる。
「コータのかのじょ?」
「なわけあるかい!」
(とはいったものの、桜か?)
若干訝しく思いながらレイン開くと、
トーク かおり
たいへんよ
「かおりからだ」
「なんて」
目をパチパチさせて天音。
「たいへんよ、だって。何が大変なんだ……?」
どうした? と送るが、既読になったまま返信が返ってくるそぶりはない。
トーク かおり
ひゅあいらびさんがてぇいへんよ
「なんじゃこりゃ!? 誤字が限界突破してるから!」
そういえばこいつレイン初心者だった。
早く送らなきゃと焦りながら、おぼつかない指先で打ったのだろうか。そう考えるとなんか面白い。こんどいじってやろ(笑)。
とりあえずどうせ大したことないだろうと、ちょっとよく分かりまへん、と返して放置。
そうしたら突然。
ブーブーブーブーブーブー。
「な、なんだ!?」
そうしたら今度はレインの通知が大量に鳴り響きだした。
人気者になったみたいで嬉しい、なんて別に思ってないけどね!
俺は緩みそうになる表情筋に力を入れ、平静を装いながらすまし顔。
「コータモテモテね。嫉妬」
「べ、べつに嬉しくなんてないんだから。ポッ」
「コータ顔が変……」
むくれる天音を無視してトーク画面を開くとそこには、
トーク 和葉
た
トーク 和葉
い
トーク 和葉
へ
トーク 和葉
ん
トーク 和葉
!
「いや、なんで一文字ずつ送ってくんだよっ!」
和葉からだった。一文字しか打てないと勘違いしてるのか分からないが、今も一文字の連打が鳴りやまず、俺のスマホが悲鳴を上げている。
「この間、レインは一文字ずつ打つのが日本でのマナーって教えてあげた。実践してて偉い、和葉」
天音が胸をそらせて「いい仕事したぜ」と言いたげな顔でそう言う。
「いやお前の仕業かい!」
なんか、あれですか、このサークルは和葉に間違ったこと教えるのが流行ってるんですか!? いやまあ、いじりたくなるのはわからんでもないが。後で罵倒されるのは俺なんだからね!?
「ったく、あいつら一緒のはずだよな……? 二人してからかってるのか」
俺はぼやきながら、一文字ずつ送らんでいい。あと、何があった? と返信しておく。
かおりと同じようにすぐに既読になったが、返信は来ない。本当に大丈夫なんだろうなと思っていると、廊下の方から騒がしい音が聞こえてきた。
バタバタと、全力疾走の足音だ。
「誰か来た」
天音と俺は扉の方を見る。ほどなくしてガラガラ! と豪快に開けられて、俺は目を見開く。
「にぃに!」
「桜じゃないか! どうしたんだそんな慌てて」
そこにいたのは中等部の制服に身を包んだ女の子。俺の妹だった。
血相を変えた桜が肩を上下に揺らして俺のところに駆け寄ってくる。俺が抱きしめると、桜は額をスリスリこすりつけながら、
「……柊さんが誘拐されちゃいました」
地面に叩き付けられたような強い衝撃が、身体中を駆け巡った。




