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柊木乃葉のひとりごと

「しかし浩太……このサークル、なんか、あれだな。すごいな」


 帰り道、ツヨツヨ先生が俺にそう言った。顔はげっそりとしている。


「ま、まあ。自覚はあります」

「でもまあ、楽しそうだ。俺はそんなんじゃなかった」


 ツヨツヨ先生は昔を懐古するように、メガネの奥の瞳を細める。


「小説ばっか書いてて。まあ、今ではいい思い出だが……、ロリエにもっとアプローチしときゃ良かった」

「え、好きナンスカ?」


 俺が言うと、


「白々しいな。気づいてんだろ」


 とツヨヨン。


「まあ」

「ところで浩太クン?」

「なんすか……」

「ロリエ先生のレインしらない?」


 鼻の下が伸びるツヨヨン。一瞬カッコイイって思った俺がバカでした。


「持ってないっすよ。てか幼馴染なのに持ってなかったんですか!?」

「そんな、持ってるわけなかろう! 恥ずかしいじゃないかあほ!」

「そんな堂々と言われても……」


 売れっ子ツヨツヨ作家になっても気になるヒトにレインも聞けないとは……。

 そんくらいになったらバラ色人生なのかなって思ってたけど、そうでもないらしい。


「浩太がグループレインに先生を招待するんだ。そしたら俺がさりげなく追加する。いいか? これは重大ミッションだぞ」

「み、ミッションって言われても……、あの先生入れるのか……」


 俺が渋っていると、


「頼むよォ、浩太ァ。ね、いいでしょう。先っぽだけだからさァ」

「気持ち悪いな!! ああ、わかりましたよやりますから勘弁して」

「やー、ありがとう浩太君。サインあげようか?」


 こんなサインの使い方する人聞いたことねぇ……。作家こええ。


「もらって売り飛ばしますわ」

「作家の天敵め!」


 どうしてこうもまあ俺の周りには癖の強いやつが集まるんだ、と思いながら、俺はまた、一人の少女のことを思い浮かべる。

 最近ぽっかり空いてしまった彼女の定位置の寂しさが、こういうふとした疑問に思い起こされるのだ。


「少年、少年」


 そんな声が後ろからした。ふと振り返ると、小野寺シュウが白衣をはためかせ、メガネを夕陽に反射させながら、笑っていた。


「まだなんかあるんすかー? サインはいらn……」

「後悔しない選択をしろよ」


 俺は言葉が詰まった。さっきまでとはまるで違う小野寺シュウの雰囲気に、俺は虚を突かれた。


「30になってから後悔しても遅い場合もあるからな。多少しつこかろうが嫌がられようが、納得できるまで聞け。追求せよ。少なくともオレはそうやって書いてきた」


 苦虫を嚙み潰したような顔。疲弊しきってもなお好きなことを求め続けるその表情は、紛れもなく作家の顔だった。

 にしても、と。俺は驚いていた。どこまで知ってんだと、悩みを見透かされているような錯覚さえ覚えた。

 作家の観察眼は侮れない。


「肝に銘じておきますよ、先生」

「もう一回言って?」

「は?」


 俺は一瞬、呆気にとられた。


「先生って言われるのええなあ! キモチー。担当編集も誰も言ってくんねーからあ。ね?」


 そんな相変わらずな自称ツヨツヨに俺は、


「二度と言いませんよ!」


 そう叫んだのだった。


 

 ◇◇◇



 私は小さい時から自分のことが嫌いだった。

 素直で人当たりが良くて、勉強も運動もできる。そう周囲は褒めてくれて、私も笑って謙遜するけれど、やっぱり自分が好きになれなかった。

 私の心はそんなにきれいじゃない。


「柊は真面目だから、高校に行っても先生は心配ないよ」


 私は真面目なんかじゃない。

 信頼を利用してそれっぽい理由で仮病を使ったり、時には人の弱みに付け込んで楽したり、私は真面目の風上にも置けない半端者。

 でも、そんなとき必ず後悔が押し寄せてきて、苛まれて、また真面目に取り繕って、クズになり切れないまま、今日も人を欺いている。

 いっそのこと正真正銘のクズだったらどんなにいいことか。そしたらこんなに苦しまないのに。

 でもたまに、そんな自分を肯定したくなる時がある。


「あー、俺も木乃葉みたいになれたらな」

「どうしたのー? 急に」

「ほら、木乃葉って真面目だけどそうじゃないときもあるじゃん? なんていうかな~。可変式で移動してるみたいな」

「それは私へのディスかな? 挑戦状かな、浩太君?」

「ち、ちがうよ!? だから拳に力こめないで! ……その、なんつーか、真面目過ぎて潰れる人っているじゃん。お前はそこをちゃんとコントロールできるっていうか。とにかくお前は人にも自分にも優しい、そう、エコなんだよ!」


 浩太君は閃いたようにそう言った。

 時が停止したかのように私の中でその言葉が反芻した。真面目だね、とか、努力家だね、とか、よく見ると可愛いね、とか。そんなものとは比べ物にならない彼から紡がれる重みに、打ち震える。

 浩太君は私を見てくれている。ちゃんと知ってくれている。

 エコ……。エコね。なにそれっ、エコって!


 でも、悪くないかもね。


 私にも良いとこあるのかもね。


 ちょっとは自分を好きになってやってもいいのかもね。


 彼がいれば十分なのかもしれない。

 私を私の中まで見抜いて褒めてくれる彼を好きになるには、それは決められていたことのように簡単だった。

 友達なんていらないよ。

 ちゃんと理解してその上で近くにいてくれる人がいたら、きっとそれで十分なんだよ。だから君は私だけを見ていたらいい。

 私を幼馴染と慕って、私もまた彼の幼馴染として近くにいるから。そしていつか、私の気持ちに気づいてくれたら……。


——私、伊東君いいなって思ってるの!

——ええ~、明美、それはちょっと趣味悪いよ、ヤンキーじゃん。

——伊東君はヤンキーじゃないよっ……、たぶん。

——でも、彼女いるくない? 柊さんだっけ。

——あの二人ずっと一緒にいるし。

——付け入る隙ないっていうか。

——あの二人で完結してるよね~。明美もやめときな?

——そうだね。柊さんに悪いし。


「浩太君に友達ができないのは、私の……せい?」


 視界がぐわんと歪んで、めまいがした。

 友達が欲しいと彼が嘆いて、私が仕方ないなあと言って、でも少し安心して。

 でも、違ったんだ。

 浩太君はあんなに頑張っているのに、私が、妨げになってたんだ。


 私はクズになりきれない。


 事実を知った上で浩太君の友達作りの妨げはできない。


 私は中途半端に真面目で、中途半端にクズだから。


 友達ができない原因が私にあることを良しとして、傲慢にも彼に私だけを見させることを厭わないくらいクズなりきれるなら、どんなにいいことか。

 やっぱり、私は私が嫌いだ。

 こんなにつらいのだから。

 こんなにつらい決断をしないといけないのだから。


 私は、伊東浩太の幼馴染をやめることにした。


——あれ、木乃葉ちゃん、聞いてる?


「あ、ごめん。何だっけ~」


 隣を歩くA君は急に、私の顔を覗くようにそう言ってきた。

 名前は分からない。A君。自己紹介をしあったはずだけど、彼は私の中でA君にしかならない。最近流行りのサラサラ髪に、耳のピアス。身長は高く、私に好意を寄せてきた隣町の高校二年生。


——ひどいなあ。彼氏の話を無視するなんてサ。あ、もしかして、体調悪い?

「ううん。大丈夫だよ~」


 私の返答にA君は目を細めて「それならよかったよ」と笑った。


——俺、最初はびっくりしたんだよね。誰の告白も受け入れてこなかった木乃葉ちゃんが、俺の申し出を受け入れたこと。

「そうだったかな」

——最初は浮かれてたんだけど。なんかさ、違うよね。


 A君の視線が私の方に向いた。なんの感情もこもっていない、不気味な瞳だ。

 私は下を向いて、少し間を開けて、「そんなことないよお~」と、取り繕う。

 それでもA君の表情は変わらない。

 私が誰かと付き合えば、浩太君に迷惑をかけなくて済む。そう思って始めたA君との交際は、どうやら簡単にはいかないらしい。


——好きじゃないよね、俺のこと。俺の名前、何かわかる?

「……」


 はっはっは。おもしろいな。ほんと、ちょーおもろい。

 A君はひとしきり笑って、急に私を睨んだ。

 獲物を狙うようなその視線に体がびくりとして、私は唾をのむ。


——あの金髪君はどうしたの?

「浩太君は何もないよ」

——ふーん。そいつの名前は覚えてんだ。

「……ごめん」

——いーや、別に大丈夫。俺、心広いし? 彼女の不手際も笑って見逃せるちょー心の広い人間だからサ。でも、俺は悲しいよ。うん。悲しい。



——別れよっか、オレタチ。


「うん、そう……だね」


 そうなることは目に見えていた。もしかしたら好きになるかもなんて思ってたけれど、そんなことなるわけないか。やっぱり、私は浩太君がいいんだ。

 でも、浩太君のために身を引かなきゃ。そうじゃなきゃ、いけないんだ。


——ねえ。最後に一つ、俺にやりたいことやらせてよ。


 A君はそう言って私の手首を掴んだ。体が簡単に揺らされるほど、彼の力は強かった。


「痛いよ」

——あーごめん。ちょっと強かったかもね。いっけねいっけね。でもさ、償いは必要じゃない? 


 A君はそのまま早い足取りで歩き出す。私はなされるがままについていく。

 浩太君。これでいいよね。だって私のせいで、君に友達ができなくなるのはよくないから。

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