ネット用語を習得しよう!
今日、俺たちクローズドサ―クルはいつも以上に混沌を極めていた。
「ま、まったく浩太はほんっとヤンキーンゴね。ワロタ!」
「ったく何言ってんだ。俺のどこがヤンキーなのか、説明キボンヌ」
「そんなこといちいち説明しないとわからないかしら。ググレカス」
「ちょっとかおり氏!? めちゃくちゃ毒舌じゃない!? あとググっても出てこないと思うンゴよ!?」
俺とかおり、そして和葉は絞り出すように、特に意味のない会話を延々と続けていた。これには深い理由がある。そう。それは、20分前。
「和葉に必要なものはズバリ語彙力だと思うのよ」
ソファに寝転んで本を読んでいたかおりが、今日も今日とて唐突に言った。こいつの提案はいつも突然だ。俺は「また何か言い出した……」と思いながら宿題をやりつつ、耳だけ傾ける。
「それってあたしの日本語が雑魚ってこと!?」
「いや、そこまで言ってないと思うけどな」
頬を膨らませる和葉に俺はフォローを入れる。
「そう、雑魚よ」
「そこまで言ってた!?」
「かおりだって野良猫と戯れるとき、語彙力無いじゃない! 今朝だって……」
「何のことかしら。聞こえないわあーあーあーあーあー」
「小学生かよ……」
耳に手を当てて煽り散らかすかおりをよそ目に、俺は小さく呟いた。
てかこの二人、一緒に登校してんのか。意外と仲が良いらしい。
「そんなことはどうでもいいわ。今日はネット用語についての理解を深めようと思うの」
「「ネット用語!?」」
俺と和葉の声がハモる。
「(仲良さそうにハモらないでよ……)そうよ……」
かおりが口を尖らせ、小さくそう言った。小さすぎて前半はほとんど聞こえなかったが。
「知ってるわよ! あれでしょ、ネットのコメント欄でよく見かける日本語!」
「ネット用語って言うぐらいだからそうだろ」
「そうよ。今からネット用語を必ず文脈に使って会話をするのよ」
と、かおりがわけのわからないことを言い始める。
「なんでそんな変な日本語を使わなきゃいけないの! 完全に痛いやつじゃない!」
和葉の至極まっとうかつ常識的なコメントに、なぜか俺の心にダメージが。かおりの顔もよく見ると引き攣っていた。どうやら俺と同類だったようだ。
「日本語を極めるならそれくらい教養として身につけておかないと、日本魂を持ったとは言えないわ」
「使わなくても日本魂あるだろ。むしろ使わない方が……」
「お黙り」
「はい……」
シャア! と今にも噛みついてきそうな眼光でかおりに睨まれ、俺はあえなく撃沈。
「受けて立つわ!」
と、和葉。俺は密かに「マジでやるのか」と密かに目で訴えるが、和葉は意気揚々と鼻を鳴らすだけだ。
和葉が日に日にかおりによって変人化されていくのを、どうやら俺は指をくわえて見ているしかないらしい。
そんな事情があり。
「かおり! その話、kwsk」
「浩太、アニメキャラにガチ恋ワロタwww」
「俺はぬこよりいっぬが好きンゴ」
「ぬるぽ」「「ガッ」」
俺たちはこうして特に中身のない会話を大真面目な顔をさせて繰り広げているというわけだ。
とはいえ、最初こそ恥ずかしさはあったというものの、テンポが良く、中には秀逸なものもあったりするので、いつの間にか俺たちはむきになって会話していた。
最初こそスマホと睨めっこしながらたどたどしく話していた和葉だが、だんだんと手馴れてきている。
(和葉のやつ、呑み込みが早いな……。よし!)
和葉に真の境地を教えてやるために、一肌脱ぐとしよう。
これは誰にも言っていなかったことだが、この分野は割と自信があったりする。友達がいないやつが行きつく先はネットの海と相場が決まっているのだ。
俺は息を大きく吸って、ひときわデカい声でこう言った。
「和葉のえっちな姿を想像しながら食べるご飯はメシウマ。貧乳しか勝たん。でもかおりのおっ○いでかすぎサンガツ。俺氏思わずトゥンク」
目を大きく見開く二人。しかし俺は間髪入れずに、
「かおりの膝に頭をのせてオギャるのもまた一興。下乳キボンヌwww」
さらにもういっちょ!
「和葉の貧乳も悪くないンゴねぇ。いや自重しろ俺氏ww こんなんだからクリぼっち。いや、それでも俺は和葉のデレを所望するンゴ。顔を真っ赤にさせて『ヘンタイ!』クレメンスww」
……ふう。
どうだ決まったぜ、と言わんばかりに俺はドヤ顔を浮かべるも……。
「あれ……」
なんかめっちゃ静まり返った。
「「きっも、死ね」」
先ほどまで優しい目をしていた女性陣の視線がナイフのように鋭く、めった刺しにされた。
本気を出した俺に、どうやら恐れ戦いたらしい……なんちゃって。
二人は両手で体を抱きながらジト目を向けてきて、俺は股間がひゅっとした。
「(浩太は私に膝枕をして欲しいの……?)」
「(浩太って意外とえっちなのね!)」
「あの、二人とも何呟いて……」
そんな俺の爆弾発言の直後。
入り口付近でガシャン! と大きな音がした。俺たちはびくっとして入り口を見る。
そこには。
「ご、ごめんなさい! 間違えましたあああああ!!!!!」
いたいけな女子生徒が涙目になりながら、『見てはいけないものを見た』と言わんばかりのものすごい形相で逃げていく姿が……。
そして訪れる静寂。
「おい、今の……」
俺が恐る恐るかおりに訊ねると、
「どう見ても一年生の入部希望者ね」
「あー。なんかすまん」
二人の視線が痛い。俺は身を縮めながら謝罪した。
「浩太のヘンタイ」
「和葉がいつも以上に辛辣……」
「……」「……」「……」
俺は『今まで何してたんだろ』と、急に冷静になって恥ずかしくなった。恐らく二人も同じことを思ったのか、気まずそうに視線を彷徨わせている。
「帰りましょうか」
「そうだな」
「そうね」
と、そそくさ俺たちは帰りの支度をする。なんか賢者タイムみたいだ。事後もこんな感じなんだろうか。俺にはわからない。
「でも、いい勉強になったわ! パパに使ってみようかしら!」
「絶対やめろ!?」「絶対やめなさい!?」
「冗談よ」
和葉の言うことは冗談に聞こえないから怖いぜ。
俺も金輪際、ネット用語は封印しよ。なんか俺、だいじなものをうしなった気がする。
リザルト。
・三人はネット用語を習得した!
・新入部員を失った!
・浩太の社会的地位が若干下がった!
今日の夜、俺はなぜか桜に「疲れていませんか」とか「セクハラには気を付けてくださいね」とか「赤ちゃんプレイは桜、大歓迎ですよ」とか、なんかいろいろ心配された。
まるで、今日の俺の失態を見ていたかのような心配ぶりに、俺は一人、戦々恐々とするのだった。




