エピローグ
「やった……?」
振り向いた先、空に開いた穴。
フィンブルスファートの巨体に出来た、光に満ちた穴。
それが急速に広がって、巨大な邪竜の体がボロボロと崩落していく――断末魔の咆哮と共に。
無数の破片となり、そしてその破片すらも、地面に突く前に霧散して、初めから存在しなかったかのように消え失せる。
邪竜は討たれた。その事実はどういう訳か極めて強い確信をもって断言出来た。
「やった……」
そうだ。やった。
俺たちはやった。
「やったんだな……リン」
名を呼び、そして、俺の体を覆っていた光が消えていることに気づく。
「リン……?」
答える声はない。
ただたった一人残された俺を、晴れゆく雲の隙間から差し込む朝焼けだけが照らしていた。
それが、俺の唐突に始まった旅の、唐突な終わりだった。
リンは立派に役目を果たし、そして俺の前から消えた。
エルフの司祭の魔法陣で村まで戻してもらって、それから俺は、いつもの暮らしに戻った。
ゆっくりと一日休んで、それから村のギルドであの戦いについて聞いてみたが、誰も知る者はいなかった。ただ、明け方に遠くで嵐のような物音がしたというだけ。
夢でも見ていたのだろう――なんとなく、そんな言葉が頭をよぎるが、それだけは断じて違うと言いきれた。俺の腰には、力を失いただの剣となったフォシークリンが残っていたから。
結局、あの戦いで俺が得たものと言えば、その剣一振りと、リンと共にトロールを倒したことによって多少上のレベルの依頼=それなりに金になる依頼も受けられるようになったという事だけ。
そしてその依頼をこなすには、聖剣の加護のない俺には随分荷が重いものになってしまった。
だが、それでも俺は生きていく。
リンが守ってくれた世界で、たった一人であったとしても。
「さて……」
身支度を整えてギルドに向かう。今日も一日生きるための仕事を探して。
「……ん?」
そのギルドの前、ちょっとした人だかりができているのに気づいて足をそちらに向けた。
何やら誰かを囲んでいるようだ――そう気づいた時、その人込みの一人が俺を見て、それからその輪の中心に向かって何かを言いながら俺を指さした。
「え、俺?」
思わず漏らす間抜けな声。
一体どこの誰が俺に用事など――そう思ってそちらに近づくと、人込みはすっと道を開けてくれた。
「やあ、リヒト」
「あ……」
その中心にいた人物は、俺と目が合うや、少しだけ恥ずかしそうに俺の名を呼んだ。
同年代の女性。より正確に言えばまだ少女と呼ぶべきだろうか。
腰まである白銀の髪の毛と、同色のゆったりした外套。そしてそれによって覆われているその下の、黒いボディースーツのようなものでぴったりと包まれた体。
そして彼女は、その色白の肌によく映えるダークグレーの瞳で俺に笑いかけながら、すっと右手を伸ばした。
「また、会えたな」
「あ……」
間抜けな声しか出せない俺に、彼女は更に続ける。
「不思議な話だ。あの後、謎めいた空間で目を覚ましてね。そこで女性の声に呼ばれたんだ『あの人を一人で置いておくのはどうにも危なっかしいので、もう一度、一緒にいてあげてください。それでは、ご安全に!』って」
そう言って、彼女は俺の手を取った。
今度ははっきりとわかる、暖かな手で。
「どうだろう?もう私は聖剣の精霊じゃないけど……それでも良ければ、一緒にいてくれるだろうか?」
「ああ……」
彼女の瞳から、一筋の涙が流れ落ちた。
俺はしっかりと、彼女の手を握り返す。
「……勿論だ。またよろしくな!リン!」
答えながら、鏡映しのように俺の目からも熱いものが流れた。
(おわり)
ここまでご覧いただきありがとうございました!
異世界安全衛生マニュアル以上で完結となります!
異世界ファンタジー×労働災害という悪ふざけ、というような言葉しか出てこないような本作。分かりにくい点、至らない点も多くあったとは思いますが、ほんの少しでも楽しんでいただけたのでしたら幸いです!
それでは、ここまでご覧いただきありがとうございました!




