僕たちの旅の終わり2
言葉は出なかった。
直前まで、こいつの目を覚まして現実を理解させようとしていた俺の頭の中は、その情報だけで完全に白紙になった。
「四精霊の加護が揃った時、私倒れちゃったよね?」
土の精霊の加護を得た時の事だ。
突然倒れた彼女を介抱しようとした。
「あの時、精霊たちが私に教えてくれた。四精霊の力を借りなきゃいけない程の状況であれば、それが必要になることもあるだろうって」
それを使えば邪竜を倒すことも出来るだろうって――そう付け加えながら、彼女の表情は一切迷っている様子はない。
むしろ、それを喜んでいるようにさえ思える。邪竜を討つ方法がまだ残っていたことに安心するような。
「で、でも……でもそれは……」
俺がやっとの思いで絞り出した声は、情けないぐらいに震えていた。
「!!?」
そしてその震えを鎮めるように、リンの両腕が俺の背中に回された。
びくん、と反射的に体が一際大きく震える。しかし、拒絶のためのそれではない。
「……私は聖剣だから。こうするのが、私の造られた目的だから」
その言葉に反して、吐息と共に耳を撫でた音は穏やかで、優しくて、抱きしめている冷たい手と同じく柔らかかった。
「リヒトはここまで私を連れてきてくれた。危険を顧みずに一緒にいてくれた」
「それは――」
「だから、やっぱり私がやらなきゃいけない。リヒトを、リヒトのいるこの世界を、あいつに壊される訳にはいかない」
それだけ言って、彼女の抱擁は解かれる。
ライトグリーンの瞳から、一滴だけこぼれたそれを拭うことも無く、にっこりと笑って彼女は言った。
「最後のお願い。私に、役目を果たさせて」
「それは……」
それがどういう事なのかは分かっている。分かっているからこそ、答えに窮する。どうしても「嫌だ」とは言えない。
邪竜を放置すれば危険なことは分かっている。それを止めなければいけないことは分かっている。
だがそのためにリンが犠牲になるのを受け入れるなどと、どうして出来るだろう。
「君にも本当は分かっているはずだ」
そこで、これまで成り行きを見守っていた司祭が口を開いた。
「一つ詫びなければならない。君に聖剣の精霊の、その最終手段について黙っていたことを。もしそれを知れば、きっと君は躊躇するだろうと思ったからね」
「ごめんねリヒト。私も……きっとリヒトはそう考えるって、きっと……きっとそれを拒否するって、だから……」
「だから今まで黙って……」
今になって一人で勝手に死のうって?その言葉が喉まで上がってきて、危ういところで飲み込んだ。
他に手なんてない。彼女はそのために自らの命すら捧げる。
なら、それについて責め立てるような気持ちは、ぐっとこらえるべきだ。
「あれを……」
「え?」
「あれを、フィンブルスファートを放置したらどうなる?」
最後の確認。
そうであってほしいという願いを込めた。最後の問い。
「あの力を見ての通り、あいつは世界の脅威となる。多分……ここで討たなければ……この辺り一帯も、リヒトのいた村も、それ以外の場所もきっと……」
その願いは打ち砕かれ、俺にはもうただ一つの選択肢しか残っていない。
「……分かった」
つまり、覚悟を決めるというそれ以外には。
「……それで、俺はどうすればいい?」
「今まで通り」
嫌だ。
死んでほしくない。
例え数日間でも、俺たちは一緒にいた。一緒にここまでやってきた。
だが、そのそもそもの目的が今達成されようとしている。
なら俺が出来ることは、覚悟を決めた彼女の足を引っ張ることじゃない。
「あれと戦えばいいんだな?」
「よろしくね」
改めてフィンブルスファートを見上げる。
空に浮かぶその漆黒の巨竜。どうやっても倒せるような気はしない。
だが、彼女が、聖剣の精霊が出来るというのだ。なら俺は信じるだけだ。
「今から私の力を最大に引き出す。そうすれば、リヒトは奴と互角以上に渡り合える」
「……わかった。頼む」
じっと邪竜を睨みつける。赤い、二つの流星のようなその目を。
奴の羽ばたきが、ハリケーンのような風を巻き起こして俺たちに叩きつける。
だがその中でも、俺もリンも決して動じない。
背後から包み込むように、壊れ物を扱うように丁寧に。リンが、俺を抱きしめた。
「……ッ!」
リンの放っていた光が俺を包み込む。俺を包み込む光が剣も包み込む。
全身に力がみなぎってくる。すぐ近くにリンの気配を感じる。
彼女の姿は見えない。だが確実に感じとることが出来る。
「「さあ、行こう!!」」
俺たちの声が重なり、それをかき消すような咆哮を上げるフィンブルスファートへと突進する。
「来るぞ!!」
奴の口に再び光が宿り、それが俺たちに迫る。
放たれた熱線。奴に纏わりついた雲を蒸散させ、抵抗もなく地面を切り裂き、そして――振り下ろした聖剣によって、真っ二つに割れた。
「切った!!?」
「これこそが、私の真の力!」
熱線が裂け、俺には傷一つつかない。
「ッ!!!」
再度の放射。だが、結果は同じ。光が放たれる瞬間=直感が教えたそれに合わせて剣を振れば、次の瞬間にはその光線が切り裂かれて消える。
三度目の放射は行われず、再度の羽ばたきで邪竜は上空に逃れる。
「くっ、逃げたか!」
「ううん。上から来る!!」
リンの声。見上げた先には巨大な爪を振りかざす邪竜の姿。
「ちぃっ!!!」
咄嗟に回避――だが直感が告げる。間に合わないと。
「えっ……?」
しかし、この直感は破られた。
回避する。頭がそう判断した瞬間。俺の体は瞬間移動のように奴の爪の間合いの外に脱出している。
「これは……」
「言ったでしょう?これが私の真の力」
リンの声が、少しだけ誇らしげにそう語った。
フィンブルスファートの爪が空を切り、その先端から発した衝撃波が地面を深く掘り返す。
だがそれすら、俺の体に届くことはない。
「まただ!」
と、そこから三度目の放射。
これをはじめから狙っていたのか、俺たちが回避した軌道を追うように光線が薙ぎ払う。
「ッ!」
とても考えられない動き=光を見てからの判断で光線の切断を間に合わせる。
「私は今、リヒトと共にある」
確信に満ちたリンの声。
「リヒトが望めば、その瞬間に全てが可能となる」
普通ならば与太話にもならないような大言壮語。だが、それさえ今は自然の摂理の如き説得力を持っている。
「さあリヒト、願ってほしい。……私たちの勝利を」
そうだ。勝つんだ。奴を、邪竜フィンブルスファートを倒すんだ。
そのために俺たちはここに来た。
そのためにリンは俺を選んだ。
そのために俺はリンと共に旅をした。
そのために俺とリンはこうして、一緒に戦っている。
「……ああ、わかった」
なら、俺の願いは一つだ。
それのもたらすものが、リンの消滅であったとしても。
「……リン、奴を討つ!!!」
「おおっ!」
リンは聖剣。
俺はその適合者。
聖剣は聖剣としての役目を果たす。
なら、適合者は適合者の役目を果たす。
「「ああああああああああっ!!!!」」
フィンブルスファートに突進する。空に逃げようとするそいつに向かって。
「ッ!?」
奴が空に舞い上がり、そして――俺は奴を追って飛んだ。
信じられないが、事実だ。まるで上り坂を全力で駆け上がるように、しかし俺の体には大した負担にも感じずに、俺の体は奴に向かって一直線に空を駆け上がっていた。
「「うおおおおおああああああああっ!!!!!」」
俺たちの声が重なって、剣のような牙の並んだ巨大な口に向かって飛ぶ。
再度放たれた熱線がその俺たちを迎え撃つが、俺たちは光の中を遡上するように飛ぶ。
「行け!!リヒト!!」
「行け!!リン!!!」
お互いに叫び、お互いに力を振り絞る。
「ッ!!!」
邪竜の体を、一筋の光となって突き抜けた。
それを知った時、俺の体は奴とは反対の地面に降り立っていた。
(つづく)




