僕たちの旅の終わり1
どうやら、俺たちの四精霊の加護が揃ったのはギリギリ滑り込みセーフだったようだ。
「で、その邪竜は?」
「二人がヴェトルに会ったあの丘の更に向こう、専用の神殿を築きその中に封印していた。あの丘に今から転移する。最早一刻の猶予もない!邪竜を、どうか――」
それに答えたのは、俺ではなくリンの方だった。
「はい。必ず――」
一瞬の間、そして何かを飲み込むようにして、何故だか俺の方に向かって、彼女は言った。
「――私は、そのために生まれたから」
その答えを待っていたように、エルフの司祭は俺たちを神殿の最奥部へと連れていく。
俺たちが寝かされていた場所の近く、意識を取り戻した時には気づかなかった下に向かう階段の先。四精霊の下に向かう際のそれよりも一回り大きく、蛍光塗料のように暗闇の中に浮かび上がっている、光る魔法陣。
その中心には、俺たちと司祭が一緒に立つ。
「覚悟は良いな?それでは向かうぞ」
尋ねながら、今更悩んでいる時間などないという事は、ここまでのやり取りを聞いていなくてもその声色で容易に分かるほどに張り詰めたものだった。
そしてその一言をスイッチにしたようにまばゆい光が俺たちを包み込む。
「ッ!」
思わず閉じた目。それをもう一度開いた時には、俺たちはあの古木のそびえる丘に立っていた。
どうやら、神殿に運び込まれて意識を取り戻し、四精霊の加護を求めて各地を攻略していた間に随分と時間が経っていたようだ。
以前訪れた時には夕暮れ時だったはずだが、今や頭上には満天の星空が輝き、ほんの少しではあるが東の方は色が薄まり始めている。
だが、それよりもはるかに重要な問題が、すぐ目の前に待っていた。
「ほう……懲りずにまた現れたか」
「ヴェトル……!」
夜の闇の中にも関わらず、奴の姿は良く見えた――禍々しいオーラが光となって奴自身を包んでいることによって。
その禍々しさの元凶は、俺たちの登場に少しばかり驚いているようだったが、しかしそれで終わりだ。
意外ではあったが、だからと言ってそれ以上の意味はない――奴の態度はその一言だけで推し量れる。
「だが、少しだけ遅かったな。フィンブルスファートの力は既に十分に戻った。ようやくだ……ようやく大いなる竜が世界に再び解き放たれる」
「ヴェトル貴様……ッ!」
司祭が叫び、奴の言葉を遮る。
だが当のヴェトルにはそれに気を悪くした様子はない。
「ふん……クズどもの生き残りか。やはり、ただ恐ろしいからと思考を放棄したお前たちでは理解できんと見えるな……。まあいい。虫けらに竜の心を理解せよという方が無理というものだ」
その直後、奴の背後からあふれ出した凄まじい光が辺りを昼間のように照らし出す。
「「「ッ!!?」」」
その光が何を意味しているのか、最早考える必要もなかった。
「ああ……遂に、遂に成し遂げたぞ!!」
ヴェトルが叫び、恍惚の表情を浮かべ――そしてその光に飲み込まれていく。
その光の中から飛び出したのは、夜空より黒い巨大な影。
そして、その影が宙に舞い上がると同時に既に光で見えなくなっていた星々が空から消える。
それが突然辺りに広がった暗雲のためであると分かった時には、しかしそれよりも遥かに存在感を放つ、巨大な翼竜がその巨体でもって空を覆っていた。
「あれが……」
「フィンブルスファート……」
巨大な邪竜。
町一つを覆ってしまうほどの巨体を、山も覆えそうな一対の巨大な翼によって宙に浮かせたそれが、らんらんと輝く深紅の瞳を俺たちの方へと向けている。
怪獣映画の世界に入りこんでしまったら、きっとあの着ぐるみもこんな風に見えるのだろう。
そうだ。怪獣映画だ。
だから、奴の口の中に白く輝く何かが生まれたのを見て、それが何なのかを直感が理解した。
「来るぞっ!!!」
叫び、同時に走り出す。
どこに向かってでもいい。とにかく今立っている場所からは離れなければ危ない。
その直感が正しかったという事は、それからすぐ証明された――背を向けていたのにもかかわらず再び辺り一面が昼間になる程の光が、強烈な熱気と共に背後から差し込んだことで。
「うおっ!!?」
そして遅れてきた衝撃波が、俺の背中を突き飛ばす。
思わず転がり、なんとか受け身を取って立ち上がった先に見えたのは、直感が抱いていた通りの世界。
「な……」
「里が……」
同じものを前に絶句するリンと司祭。
無理もない。フィンブルスファートから放たれた光は丘の古木を消し飛ばし、丘を谷にするほど深く地面を切り裂いて、その先にあったエルフの里さえ消滅させていたのだから。
「あれが……邪竜……」
その言葉を吐き出したのが己であると気づくのに、一拍間があった。
想像は出来ていた。だが、想像できていたという事は、それが目の前で展開された時に平然としていられるという事とイコールではない。
あまりに圧倒的な邪竜の力。その凄まじい火力は、どれ程の馬鹿でも理解できる説得力をもって、俺に結論を吐き出させた。
「……無理だ」
あれに勝てる訳がない。
巨大なドラゴンに剣一本で立ち向かってどうにかなるのなど、ゲームの世界だけだ。
確かにこれまで聖剣の力は体感してきたし、それがあったからここまで来られたのも事実だ。そして四精霊の力によってさらにパワーアップしたのも事実だろう。
だが、そんなもので追っつくような差ではないことは一目で明らかだ。
「勝てる訳がない……」
それ以外の結論などあり得ない。
「……いいや」
司祭が首を横に振る。だが、この現実を前にどんな言葉も気休めにもならない。
「私たちなら勝てる」
リンも一緒になって続ける。そりゃあ、認めたくはないだろう。こんな現実。
でも冷静になれば誰にだってすぐに分かる話だ。剣一本であのドラゴンを倒すなど。
「無理だよ」
だからはっきり言ってやる。
「こんなの無理だ」
「無理じゃないよ」
目を覚ませ。
「馬鹿を言うな!」
「確かに普通のやり方じゃ勝てない。でも、今の私たちなら――」
「精霊の加護か?そんなものだけで――」
「それだけじゃない」
リンの両手が俺のそれを包み込む。
その氷のような冷たさが、そして俺をまっすぐ見つめるライトグリーンに変わった彼女の目が――そして聖剣の刃が放っていたような光を纏った彼女の姿が、俺に次の言葉をとどまらせた。
「精霊の加護は、ただ単に私の力を限界まで引き出すだけじゃない。それを超える方法をくれた」
「限界を超える……?」
彼女の目がしっかりと俺を見つめる。
氷の手がしっかりと俺の手を包み込む。
「私には……聖剣フォシークリンには、邪竜に対抗する最終手段がある。今みたいに、邪竜が想定以上の存在になっていた場合……精霊自らをエネルギー源として限界を超えた力を引き出すことが出来る」
聞き間違いではない。そしてきっと、誤解でもない。
だがそれでも聞き返さずにはいられない。
「精霊自らを……。それって……」
頭の中に浮かんだ言葉――恐らく正解。
それに答えた彼女の表情――不釣り合いな程、穏やかな微笑。
「私の命と引き換えに、フィンブルスファートを討つ」
(つづく)
投稿遅くなりまして申し訳ございません
今日はここまで
続きは明日に
なお、明日は二話連続投稿による完結を予定しております
最後までお付き合いいただければ幸いです




