四精霊25
「まあ、恐らくご想像の通り――」
これはなんだ、という俺の問いを先読みして彼女は辺りを一瞥しながら口を開く。
「ここまでの精霊たちの加護のお陰だよ。精霊たちのお陰で、限界を超えてフォシークリンの潜在能力を引き出すことが出来る……」
そこまで言うと、全力疾走した後のように肩で大きく息を吐き、肺の中の空気全てを吐き出し終わるのと同時にその場に膝をついた。
「あっ、おい!!」
慌てて駆け寄る俺。介抱しようとしたその手を心配いらないと拒否しながら立ち上がるリン。
「これだけ急激に力を引き出すと……負担もないわけじゃない……。でも大丈夫だ。もう慣れた……」
言いながら、しかし慣れられるような負担ではないということは、その血の気の引いた青白い顔と、なんとか平静を保とうとしながらも苦し気に歪んだ表情とで誰の目にも明らか。
「本当に大丈夫――」
「ああ。とにかく……先へ進もう。もう敵はいない……」
確かに先程の一発でスパルトイたちは全て倒したようだ。
辺りは再度静寂が訪れ、数体のただの骨に戻った個体以外はあの強烈な光によって消し飛んでいる。
「次で最後だ……それさえあれば……邪竜を……」
そうだ。そのために俺たちはここに来た。
四精霊の加護を得られれば、力をつけたヴェトルにも、その力を与えているフィンブルスファートにも立ち向かえるはずだ。
――だが、三精霊の力だけでこの状態なのに、四精霊全ての加護を得たら、リンはどうなってしまうのだろうか。
「先に進もう。この扉のすぐ向こうから気配がする」
「あ、ああ……」
だが、まるでそんなことを気にする素振りも見せないリンに俺が言えたのは、ただそれだけ。
安心している訳ではない。だが、覚悟を決めたような彼女の表情に、これ以上深入りできなかった。
「これが……」
果たして扉の向こう。リンの言っていた通り、これまでと同じ形の祠が祀られていて、ここまでと同様に剣を捧げ、リンがその前に跪く。
「……土の精霊よ。不動の大地よ。我ここに祈りを捧げん。偏に邪悪を払わんがため、ひと時その力この剣に貸し与えん」
詠唱の声は落ち着きを取り戻していた。
土煙が巻き上がるように祠の中から吹き上がり、リンを包み込む。
コボルト。そう呼ばれる獣人の姿がその土煙の中に現れ、やがてリンの中に入っていく。
「……これでよし」
その土煙も収まり、再び静寂が戻った世界にリンの静かな声だけが響く。
「これだけの力があれば……邪竜を……邪竜を必ず――」
生れてはじめて自らの体を認識したかのように両手をしげしげと眺めながらうわごとのようにぼそぼそと何かを言っているリン。
不意に、その体がぐらりと揺れて、それから地面に崩れ落ちた。
「あっ、おい!!?」
叫び、助け起こそうとして、彼女の体が恐ろしく冷たいことに気づく。
その服の上からでも氷像を触っているのかとさえ思えるような、触れた皮膚を貫くような冷たさ。思わず手を放してしまいそうになって慌てて抱きとめると、その腕の中で閉じられた瞼が僅かに動いた。
「ぁ……ぅ……」
「リン!しっかりしろ!!」
幸い、彼女はすぐに起き上がった。
だが勿論、それで心配ないなどとは到底言えない。
「一体何が……」
「精霊の声がした」
「精霊の声?」
オウム返しにするしかない俺に、彼女は姿勢を正して、じっと俺を見て続ける。
今までで一番真剣な眼差し。
目をそらすことも、話題を変えることも許さない眼差し。
「ねえリヒト、よく聞いてほしい」
答えは出なかった。
喉が金縛りにあったように発声する機能を失っていた。
「私は聖剣だ。邪竜を倒すために存在する。そのために生み出されて、こうしてここまで連れてきてもらった――」
何の反応も出来ない俺の代わりにそこに割って入ったのは、火の精霊の領域に向かった時に渡された水晶=エルフの司祭の必死の叫び。
「二人とも聞こえているか!?」
「「ッ!?」」
一度水晶に落とした目を再度見合わせる。
直感:こちらもただ事ではない。
「すぐに戻ってきてくれ!!大変なことになった!!」
一時中断。膝で地面を蹴りつけるように跳ね起きると、今来た道の方へと目をやる。
「わかりました。戻ります!」
それから振り返ってリンへ手を伸ばす。
「続きは戻ってからにしよう。立てる?」
「え、あ……う、うん……」
彼女の方は僅かに戸惑いもあったようだが、それでも状況は即座に把握したようだ。
「分かった。戻ろう」
そう言って俺の手を取って立ち上がると、しっかりした足取りでもと来た道を戻っていく。
――その手は相変わらず、氷のように冷たい。
「どうしたの?急いで戻らないと」
「あ、ああ。そうだな」
とにかく今は戻ることを最優先だ――そう自分に言い聞かせて頭を切り替えた時、唐突にリンは言った。
「ねえリヒト、今のうちに言っておくね」
「え?」
「……ありがとう」
ただ一言だけそう言って、彼女は先行して走り出す。
その表情を見ることは、遂にできなかった。
「よし、戻ってきたな」
魔法陣から神殿に戻った俺たちを迎えたのは、血相を変えたという言葉の見本みたいな表情のエルフの司祭。
彼はリンを一瞥すると、二人はお互いに小さく頷く。
「何とか間に合ったようだな」
「はい。これで邪竜を……」
世界中で恐らく二人だけに通じるのだろう秘密のやり取り。
それを訝しむ時間も与えず、エルフの司祭は俺の方を見て単刀直入に切り出す。
「どうやら予想より邪竜の復活が早かったようだ。最早一刻の猶予もない。エルフの里へ戻ろう。急がなければ、邪竜フィンブルスファートが復活してしまう!」
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




