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異世界安全衛生マニュアル  作者: 九木圭人
凱旋と旅立ち
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凱旋と旅立ち1

「最下級の薬草集めがあのトロールを……!?」

「嘘だろ……あのリヒトが……」

「あの剣、それに隣の子は誰だ?」


 トロールの撃破。その事実に、ギルドはちょっとした騒ぎとなった。

 薬草集めしか出来ないような最下級の新人。それがどこかで手に入れた剣でもって、討伐依頼の出されていた上級モンスターを始末した。

 その新人が証拠として持ち込んだトロールの心臓=今は正体を隠して付き添っている剣の精霊が持っていけと言ったそれが本物であると鑑定されるや、先輩冒険者から報酬受け渡しの窓口からギルドの責任者まで「信じられない」と書かれた顔を俺たちに向ける。

 ――中にはトロールの撃破よりも一人増えて帰ってきたことに注目する声もあるが。


「まあ、とにかく……成功は成功だ。依頼は受けていなかったみたいだが……」

 そう言ってこれまで感じたことのない程の質量を誇る報酬用の布袋を差し出してくれる。

 中身を改めると、これまたこちらでは初めて見る額の報酬。ありがたく頂戴したそれの重さは確かに感じるのに、全体的に夢のように現実感がない。

 そんな俺の脇腹をそっとつつき、耳元でささやくリン=人として溶け込むために偽名を名乗った剣の精霊。

「ね、鍛冶屋の件」

「え、あ、ああ。そうだった」

 聖剣を修復できる腕利きの鍛冶屋――これまた現実味のないような話題だが、しかし大金に浮足立っている今の俺に現実感を与えてくれるのはその仕事だ。


「あの、ちょっと聞きたいんですが……」

「何か?」

 目の前にいるギルドの報酬支払の担当者にとりあえず聞いてみる。

「この辺で腕利きの鍛冶屋って、心当たりあります?」

「鍛冶屋ねぇ……」

 ちらりと、俺の腰に提げられた剣に目を落とす。

 フィンブルスファートの物語は既におとぎ話になっているのは彼らも同じだ。ましてや目の前にあるのが「その邪竜の封印が破られた時のための聖剣」で、今話している相手の隣にいるのが「その聖剣の精霊」だなどとは思いもよらないだろう。

 故に、きっと彼の考えているのはトロール討伐の際に剣を損傷したとかそういう類だと思われた――色々騒ぎにならなくて却ってありがたい。


「この辺でいえば、ロマリーのバティスが一番有名だろうな」

「バティス?」

「ああ。昔から名工と知られていたが、何年か前には王宮に献上するための剣を打ったって話だ。この辺で腕利きの鍛冶屋といえば何人かいるだろうが、一番といえばまあバティス親父だろうな」

 その鍛冶屋がいるロマリーという地名自体は聞いたことがあった。

 だが、いまいち地理的なことを覚えるのは苦手だ。どうやってそこに行くべきかは分からない。


「それで、そのロマリーまでどうやって行けば?」

「ああ、ロマリーなら――」

 彼の目が俺たちの後ろ=この建物の出入口の方を見た。

「一つはこの建物のすぐ横にある道を通って街道に合流して、そこを通っていくルートだな。ローデリス山をぐるりと回るルートで伸びる街道を通っていく。大回りな分時間はかかるが、人通りも多いし安全だ。途中に宿場もある。もう一つが村の東の外れにある旧街道を通っていくルートだ。こっちはローデリス山の南側を突っ切っていくルートで大回りするより余程近道だが……旧街道と言ったところで使われなくなってからだいぶ時間が経つ。今じゃモンスターも出るような場所だ。強いのはいないようだが……今回のトロールみたいなこともあるしな」


 その話を聞いて、俺はリンと目を合わせる。

 それから、今受け取った報酬の額を頭に浮かべて計算=旅費と消耗品費、加えて剣を打ち直してもらうための費用。

 今までの俺の感覚からすれば大金ではあるが、大回りでゆっくり進むとなればその分費用がかさむだろう。勿論、時間も余計にかかる。

「近道って、どれぐらいかかります?」

「そうだな……、順調に行けば、まあ半日ぐらいってところか」

「わかりました。ありがとうございます」

 ギルドの職員に礼を言って踵を返す。


「旧街道だな」

「やっぱり」

 お互いに考えることは一緒だった――彼女は時間で、俺は金だが。

 ギルドを後にして村の真ん中へ。ギルドの建物が村の西の端にあり、隣接する酒場の前を通るとそこにはちょっとした市場が開かれている。

 外から行商人が来たり、その行商人が村の民芸品や農作物を買い付けにくる程度の場所だが、ギルドが置かれているだけあってささやかながら冒険者向けの諸々も扱われているそこで、今後必要になりそうな一式をそろえると、既に太陽は真上に来ていた。


「半日はかかるって言っていたね」

「ああ」

 それも順調に行けば、だ。

 今からすぐに旧街道に飛び込んだとして、ロマリーの村の閉門時間に間に合うかは微妙なところだろう。モンスターが出る旧街道を抜けて、ようやくたどり着いた先で閉じられた門を前に野宿……という事態は避けたい。

「まあ、封印が弱まっているとはいえ、幸い一刻の猶予もないと呼ぶにはまだ時間があるはずだ。明日の朝一番に出発でも十分だよ」

 精霊御自らそう言うのであれば、今日はゆっくり休む方がいいだろう。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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