四精霊15
「リヒト?聞こえる?」
とはいえ、今は目の前の問題。どうするべきかはリンが来てから話し合うべきだろう。
「ああ。こっちは無事に到着した」
酸欠地帯を通る前に渡された護符=リンの声が聞こえてきたそれを手に持って、それに声が届くように念じながら告げる。これでちゃんと話せているのかは分からなかったが、間髪入れずに返ってきたことでその答え合わせが行われる。
「分かった。じゃあ、私もそっち行くね」
「了解だ。途中、道の左右に溝が出来ている場所がある。落ちないように注意してくれ」
どういう道が続いているのか分からない屋外から一度背を向け、リンがやってくる今しがた通り抜けた道へ。彼女も俺と同じ装備をしている。問題なく通過できるだろう。
「……確かにこれは危険だね。燭台の火が消えた」
「光はあるだろうが、足元に気を付けてくれよ」
多分、彼女も俺と同じような気持ちでいるのだろうというのは、その声で何となく察した。
それから少しして扉を開いた状態で待機していた俺に気づいた彼女が手を振りながら歩いてきて、それから俺の後ろの光景に目がいったのが、中途半端なところで停止したその手でわかった。
「何あれ……?」
俺も改めて振り返り確認する。流石に風が吹いていい具合に雲が晴れたりなんてしない。
「あの中を進んでいくしかないらしい」
「……冗談でしょう?」
言いながらしかし、他に道がない事は彼女も確認している。
「……突風とかモンスターとか、ない事を祈ろう」
「そうだね」
それぞれのマスクを外し、コンプレッサーをオフに。後は覚悟を決めて雲の中を進んでいくだけ。
「……雲を晴らす道具とかも置いておいてくれればいいのに……」
今通り抜けた洞窟の入口側と同じようなものしか置かれていない棚を見て、恨めしそうに吐き出したその言葉には、一も二もなく賛成だった。
「足元ヨシ。左右ヨシ」
まあ、無いものねだりをしても始まらない。指さし確認で声を出して周囲の安全を確かめてから、360度真っ白な世界へと足を踏み入れる。
子供の頃は綿のようにふわふわしているイメージのあった――正直に言えば今でもなんとなくそんな気はしている――雲だが、実際に中に入ってみるとほとんど濃霧と変わらない。
考えてみれば雲なんて水蒸気であって、つまり物凄く濃い湯気のようなものだろうから仕方がないのだが、それでここまで視界を奪われることになるとは思わなかった。
「本当に視界が悪いな……」
どんなに目を凝らしても見えるのは自分の体の他には1~2m先ぐらいの足場だけ。それ以外は全て乳白色の霧に覆われ、いつまで続くのか分からない足場がその霧の中から生えてきているように感じるほどに何も見えない。
「なあリン、雲を晴らすのは無理でも、なんかこう……視界を確保する方法とかないのか?」
我ながらざっくりとしたリクエストだが、この状況では彼女もそれで分かってくれるだろう――彼女自身同じものを求めているだろうから。
「残念だけど、そういうのは知らないよ」
そしてもしそんな代物があれば、とっくの昔に使っているだろう。
「それじゃ、気を付けて歩くしかないか」
「うん……えっ?」
唐突に彼女の声のトーンが変わった。
理由は俺にもわかる。息を潜め、耳をそばだてる。
「……聞こえたよな?」
もう一度聞こえてきた場合に備えて、最低限度のボリュームで絞り出した問い。答えるリンの声もまた同じもの。
「うん……私も聞こえた」
そしてそのタイミングを待っていたかのようにもう一度、その直前よりも分かりやすい咆哮=ハーピーのそれ。
「……ッ!」
俺は剣を抜き、リンは魔法の構えを取る。
それが見えているのかいないのか、更にもう一度咆哮。
見えない敵、しかし確実に、かなり近くにいる敵。
「どこだ……?」
雲の中に、ほんのわずかな羽ばたきの音――これが聞こえるという事はかなり近い?
「ッ!?」
辺りを見回し、警戒を続ける俺の視界に一瞬だけ映る、雲の中を滑っていく影。
だが見返すとそこには何もなく、ただの見間違いだったとしても何もおかしくないほんの一瞬の影だ。
「どこにいる……っ!」
早く姿を見せろ――おかしな話だが、俺の頭の中には間違いなくそう訴える声があった。
敵などいない方がいい。だが、いるとわかった以上、こうしてずっとどこからか声と音だけが聞こえるという状況は勘弁願う。
敵はいる。確かにいる。だがどこにいていつ仕掛けてくるか分からない――この状況は、想像以上に恐ろしくて、異様に長い一秒ごとに神経をすり減らされる。
「「……ッ」」
辺り全てが疑わしい。そして辺り全てを敵に囲まれた状況で無事に脱出できる方法など存在しない。
その恐怖がピークに達して、あと少しで叫びだしそうになった時、不意に光が差し込んだ。
直後にそよ風のようなもの。そして一瞬明るくなった反動のように俺を覆う影。
「「上だっ!!」」
俺たちは同時に叫び、そして間一髪のところで三羽目のハーピーの急降下攻撃を躱したのだった。
「クソッ!」
来た道へ転がって毒づく。
通ってきた道は何となく分かるからまだいいものの、それは言い換えれば奴の攻撃を回避するには後ろ以外に無いという事を意味している。何があるのか分からない前方に何があるのか分からないまま飛び込んでそのまま落下してしまっては本末転倒だ。
向こうもそれは分かっているのだろう。俺たちが攻撃を躱したと見るや、すぐさま足場から飛び降りて雲の中を俺たちのまだ踏み入っていない前方へと飛び去っていく。
一端あの洞窟まで戻るべきか――いや、それでは解決にならない。俺たちは唯一の道を閉ざされ、かつ目的地はその一本道の向こうにあるかもしれないとなれば、ハーピーからすれば待ち構えているだけでいずれ標的の方からやってくると分かっている。となれば?よりピンチになるのは俺たちの方だ。
「どうするリヒト!?」
だが、そのリンの声に即座に応えられるような名案など簡単には浮かんでこない。
そして、そんな俺の代わりに聞こえたのは、雲の中で響き渡る再度の咆哮だった。
(つづく)
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