四精霊14
10㎡はありそうな空間。右手側はここまでと同じように岩の割れ目があるが、これまでとは異なり何かのチューブというかホースの先端が複数飛び出している。
「これは……?」
そしてその複数のホースを辿っていくと、入り口の正面にある小さな棚に行き着く。
「何かの機械……かな?」
リンが首を傾げ、俺もそれに倣う。
ホースが伸びているそれがつながった機械は、その繋がっている部分とは別の方向にこれまた別のホースが複数繋がっていて、非常に長いそれを巻いた輪の向こうにある終点は同じ棚の端に乗せられているガスマスクのような代物だ。
「これって……?」
リンの頭にも、多分俺と同じものが思い浮かんでいたのだろう。
こちらを見たその目に俺も頷いて、そのガスマスクを拾い上げる。
「ああ。送気マスクだ」
ガスマスクの面体から伸びたホースが、先程の機械=コンプレッサーから伸びている。ご丁寧にもそのコンプレッサーには岩の切れ目から外の新鮮な空気を取り込めるように吸気用のホースまで伸びている。
そしてそれが必要となる理由=その棚のすぐ横に設けられた扉と、そこに大書された「酸欠注意!」の文字。
「この先はこれが必須みたいだな」
用意されていたマスクは幸い二人分。破損がない事を確かめてフィットテストを行うと、新品のような本体はしっかりと俺の顔に吸い付くようだ。と、繋がっているコンプレッサーの方をいじっていたリンが、その機械の底面を持ち上げながらつぶやいた。
「これ、魔石で動くみたいだ」
これもエルフの魔法技術の賜物なのだろうか。
試しにスイッチを入れてみると、問題なくマスクの中に空気が満たされていく。
「よし、使えそうだな」
何にせよ、備えあれば憂いなし。
ついでにおいてあった燭台と水銀式体温計のような器具を拾い上げる。
「これは……?」
「ああ。それ」
体温を測るぐらいしか使い道のなさそうなそれも、よく見れば赤い線と目盛り、そして何よりその先端に記されている「O2」の表記でそれが何を意味しているのかを理解する。ついでに目盛りの位置が20%を指しているというのも、その理解を補強していた。
「酸素濃度計だな」
サイズ的に安全な場所から測るのには向かないが、まあ自分のいる場所の酸素濃度を知るのには使える。
「入口にはこっちか」
これもエルフの魔法技術だろうその機械に比べると随分ローテクな気がするが、それでも分かりやすいことは分かりやすい燭台に火を灯すと、扉を開けて長い柄の先端を持った状態で奥に続く薄暗い道へと差し込んだ。
光は恐らく天井の亀裂から外の光が差し込んでいるのだろうが、そこから吹き込む風は感じない。
にも関わらず、燭台の上の蝋燭は、その数秒前まで明々と照っていたのが嘘のように弱くなっている。
「やっぱりか……」
「マスクしていくしかなさそうだね」
同じものを横から見ていたリンが結論付けて、それから俺たちはお互いの装備や姿を見合わせた。
マスクを装備してフィットテストも試運転も終え、入り口に立って酸素濃度計とホースと一緒に伸びているコンプレッサーのスイッチを手にしている俺が先陣を切るのは自然な流れだ。
「じゃあ、行ってくる」
「あ、待って」
入口に足を踏み入れる直前、リンが俺を呼び留めて差し出したのは、小さな木製の護符のようなもの。
「これは二つで一組になっているエルフの護符。この程度の距離なら十分使える。これを手に取って話したいと念じればもう一つを持っている相手と会話できる。無事に向こうにつくか、或いは何か問題が発生した時はこれで私を呼んで」
俺に差し出したのと瓜二つの護符を印籠のように見せながらそう言って俺を送り出してくれた。
「了解だ。それじゃ、行ってくる」
燭台の炎は既に消える寸前。酸素濃度計に目を落とすと、成程これでは無理もない。
「ま、こいつが機能している限りは大丈夫だがな」
自分に言い聞かせるようにそう言って、そっとマスクに手をやる。このゴムのような素材と透明な板一枚とが、今の俺を守っている。そう思うと不思議に頼もしさと頼りなさとが、同じぐらいの強さで頭の中にやってきた。
「……油断は禁物」
これまた自分に言い聞かせるようにそう言って、それからは足元の安全に注意して緩やかな下り坂を進む。
酸素濃度計は既に人体に影響のある数値から動かなくなってきていて、燭台は最早目を凝らさなければ見えない程だ。そうした光景を見ていると、不思議なほどに自分の鼓動が早くなり、呼吸も荒くなってくる。
落ち着け。お前は大丈夫だ――心の中で自分にそう言い聞かせながら足を進めていく。
深海のダイバーとか、船外活動中の宇宙飛行士なんかも同じ気持ちなのだろうか――そんなことを考えて意識を酸素から離しながら。
「おっ、出口だ」
そんな感じだったからか、下り坂を降り切った先の左右を溝に挟まれた一本道にたどり着いた時には、先程のハーピーたちを切り抜けた時と同じ強さのため息が吐き出されていた。
入ってきた時と同じような扉。天井からの光――というかその辺りの岩壁の亀裂から差し込む光が、この不安な道がもうすぐ終わることを示している。
その終わりに向かって歩を進める。ついでに燭台の上で瀕死の蝋燭を、物は試しと溝に近づけ、息を吹きかけたように消えたのを見て、絶対に落ちないようにと気を引き締めて最後の直線に意識を集中。
「よし……っと」
幸い、無事にたどり着いた扉を開くと、反対側と同じような岩の小部屋が姿を現した。
こちらにも用意されていた保護具一式が収められた棚。同じような酸欠についての注意書きと、着装の確認用だろう姿見。
しかし、異なる点が一点だけ。
「なんだ、これは……」
今くぐった扉と反対側にある外に通じる出入口。扉のないそこから見えるのは、この洞窟に入る前に歩いてきたのと同じ、丸太を何本か並べただけの足場だ――ただし、その根元部分だけ。
それ以外に目に入るものは、白一色を除いて何もない。
「これ、雲か……?」
歩いてきたルートを思い出す。
先程まで歩いてきた雲海の上。そこにあった洞窟に入ってここまで、下り坂は複数あった訳で、確かに雲海の中に入っていてもおかしくはないだろう。
問題は、その雲海の中=1m先でさえ視界が利かなそうな中を、それも先程のハーピーのようなモンスターがどこから襲ってくるか分からないような中を、手すりすらない丸太の足場の上を歩いて進んでいくしかないという点だ。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




