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四精霊12!

 その分岐を越えて更に先に進んだ先で、不意に通路が広くなった。

 いや、通路が広くなったというよりちょっとした部屋になったという方が正しいだろう。

 10㎡はありそうな空間。右手側はここまでと同じように岩の割れ目があるが、これまでとは異なり何かのチューブというかホースの先端が複数飛び出している。


「これは……?」

 そしてその複数のホースを辿っていくと、入り口の正面にある小さな棚に行き着く。

「何かの機械……かな?」

 リンが首を傾げ、俺もそれに倣う。

 ホースが伸びているそれがつながった機械は、その繋がっている部分とは別の方向にこれまた別のホースが複数繋がっていて、非常に長いそれを巻いた輪の向こうにある終点は同じ棚の端に乗せられているガスマスクのような代物だ。

 恐らく見た目からして顔につける代物なのだろうが、一体なんのために使うものなのかは皆目分からない。その横に置かれている、水銀式の体温計のような姿をした器具についても同様だ。


 と、そうした何らかではなく、繋がっている機械の方をいじっていたリンが、その機械の底面を持ち上げながらつぶやいた。

「これ、魔石で動くみたいだけど……何に使う道具なのかは書いてないな」

「なら、やめよう」

 これもさっきの看板と同じ。触らぬ神に祟りなしだ。


 その機械やガスマスクの置かれた棚の隣、ぽっかりと口を開けた更に先へと続く道は、それまでのように岩壁に開いた穴もないのに明るさはほとんど変わらない。

「どうなっているんだ?」

「あ、上」

 リンの指が伸びた先を見上げると、先程までよりも随分高い天井にできた切れ目から光が差し込んでいた。あれほど穴との距離があっても明るさが変わらないとは不思議なものだが、おかげで棚に置かれていた燭台を拾わずともしっかりと足元が見える。

「成程、あれでか……。よし、なら進もう」

 穴の向こうはすぐに急な下り坂になっていて、道はまっすぐ伸びているようだ。

「転ばないように……」

 目を凝らしながら急な坂を下りていく。やはり燭台は持ってくればよかったかもしれないと思ったが、まあちゃんと見れば見えないことも無い。


 少し進んで坂の勾配が緩やかになると、あとはまっすぐ奥へと伸びている直線。

「……」

 その道をまっすぐ進んでいく。

「はぁ……」

「リン?どうした?疲れたのか?」

「あ、ああ……ううん。大丈夫」

 背後から聞こえてきた深いため息に振り返らずに尋ねるが、どうやらため息もあくびのように伝染するもののようだ。

「はぁ……」

 俺も同じように息を吐く。

「はぁぁ……」

 それをもう一度。今度はより深く。


 妙な感覚:吐いた息と吸った息の帳尻が合わない。


 いや、そんなことはないはずだ。確かに吐いた分深く吸い込んだ。

 しかし事実として体には、どうも自分でやったより浅い呼吸の分しか酸素を取り込めていないような気がする。

「疲れているのかな……」

 思わず漏れた声は、すぐ後ろにも聞こえていたようだ。

「少し休む?」

「ああ……、そうだな……」

 やはり火の精霊の領域からここまでで疲れが溜まっているのか、体もだるい気がして、同じく疲れた様子のその提案を受け入れた。幸い近くには腰かけるのによさそうな石もいくつか転がっている。


「よっと……」

 その石に腰を下ろすと、力が抜けるというか、体の重さが増したような感覚で、尻が石に沈み込んでいくような錯覚にとらわれる。

「なんか……だるいな……」

 天井を見上げて、はるか遠くから差し込む光に向かって漏らした声は、自分でも驚くほど掠れたものだった。

「ふぅ……」


 それから、どれぐらいそうしていただろう。

「……そろそろ行こうか?」

 あまり疲れが取れた気はしないが――そう付け足そうとして、喉まで出かかったそれを急遽変更する。

「大丈夫か?」

 リンは俯いていた。

 いや、ただ俯いているだけではない。頭の重さをそれで支えているように額に掌を当てて、膝の上にのせて垂直にした肘から先でなんとか持ち上げているような状態だった。

 そして俺の声にこちらを見た顔は、随分苦しそうにしかめていた。

「具合悪いのか?」

「ううん……大丈夫……」

 そう言って小さく首を横に振るが、その表情は相変わらず険しい。

「あまり無理は――」

「大丈夫だって。ただちょっと頭が痛かっただけ。もう平気だから……」

 それだけ言うと、それ以上俺が追及するのを阻止するように勢いをつけて立ち上がり、進行方向に目を向ける。

「さ、早く行こう」

「ああ……」

 同じく立ち上がり、俺も無理に問い詰めずに行動再開。

 ――正直に言えば、俺も少し頭がぼうっとしてきている。


「いや、駄目だ。気合い入れろ」

 リンに聞こえないように口の中で喝を入れ、パチンと頬を両手で叩く。

 道は再び緩やかな下り坂になっただけ。いや、途中から左右がちょっとした崖のようになったようだ。

 それがどこからかは分からない――というか歩いている時も頭に靄のかかったようにぼうっとしていて、思考が纏まらずともすると意識が薄れる。

「危ないな……」

 流石に気が抜けすぎている。左右の段差はそれほど高低差もなく、崖というよりただの溝ぐらいの落差だろうが、それでも落ちれば危ない。


「まっすぐ……意識して進んで……落ちたらアレだから……あれ?」

 今何を言おうとしたんだ?というか、俺は自分の意思で口を動かしていたのか?

 うしろでどさりと音がする。何かが倒れたのか?後ろにいるのは?

「おいリン……まっすぐ疲れているけどほら……あー、えー……」

 返事はない。

「なあ、なあって――」

 言いかけて口を閉じた。みょうなムカつきが食道を駆け上がってくる。

「……ッ!」

 思わずその場で屈みこみ、地面にキスするぐらい頭を下げて口を開く。出てきたのは水ばかりだが、それでも嘔吐したことには変わりない。

 ――そして、回らない頭でもこれが尋常な事態ではないというのは分かる。


「やばい……」

 涙と一緒に絞り出した声。

「リン、悪いが一度――」

 口を拭って振り向く。涙に滲んだ視界に映ったのは、少し後ろで倒れ伏したリンの姿。

「えっ……?」

 意味が分からない。頭がぼうっとしているからとかそういう理由ではなく、はっきりとしていても。

「なっ、リン!おい――」

 駆け寄ろうとして、足がもつれる。

 声を上げようとして、しかし出ないまま俺は道のわきにある溝に落ちていく。


「ぐっ……」

 幸い頭は打たなかったようだが、溝の中に落ちたことは分かる。

 仰向けで転がって――いや、うつ伏せなのか?なぜ天井から差し込む光が見えないんだ?

「はっ、はっ、はぁぁ……っ!はっ……」

 呼吸が自分でも分かるぐらい不自然になる。

 虚脱感が全身を覆う。

 溝から出なければという意識だけはあるのに、体は全く動こうとしない。

「……ッ!……ッ!!」

 世界がぐるぐる回る。無意識に助けを呼ぼうとして口を開き、しかし声は出ない。

 ――いや、口が開いていたのかどうかももう分からない。意識が朦朧としてきた。


 視界が歪む。辛うじて視認できるのは、いくら力を入れようとしても動かなかった体が勝手に震え始めたという事=それがきっと痙攣というものなのだろう。

「うっ……!」

 もう一度吐き気がこみ上げ、なんとか吐けるように顔を背けようとして、俺はこの溝に更に深い場所があることを知った――そこに更に落ちることで。

「ぉ……」

 そこがどういう場所で、俺がどういう状態になっているのかはもう分からない。

 落ち込んだ時に開いていた口が、ひゅっと音を立てて息を吸った瞬間、俺の意識は他の体のあらゆる機能を追いかけるようにして喪失していった。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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