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四精霊8

 溶岩の湖の一番奥、小さな島の真ん中にポツンと鎮座するその祠には、供物のように巨大な磁器の皿のようなものが据えられていて、その皿には複雑な模様と共にトカゲに似た爬虫類のようなものが彫られている。

 そして肝心の祠は――空だった。


「ん?」

 祠、少なくとも何かを祀ってあるように見えるそれは、しかしただがらんとした空間だけ。

 駅のコインロッカー程度の大きさしかないその祠には、先程の火車のような札の類一つない。

「空っぽ……?」

 思わず声に出す。本当にこれが火の精霊を祀る祠なのか?

「その皿の上に鞘ごと剣を置いてくれ」

 とはいえ、同じものを見たリンの特に気にしていない様子から、きっとこれでいいのだろう。

 そう考えて言われた通りに剣帯から鞘ぐるみで引き抜いたそれを、磨き上げられたように光沢を放つ皿の上に置くと、その前にリンがひざまずく。


「リン?」

「何となく、やり方は分かる。私の中にどうすればいいのかが流れ込んでくる」

 ウンディーネの加護のお陰かもね、と付け足してから、再び皿の方へと向き直るリン。白く細長い指がしっかりと胸の前で組まれ、何もないはずの祠に祈るように頭を垂れる。

 それから聞こえてきたのは、囁くような祈り。先程神殿で見たのと同じようなその姿からするに、どうすればいいのかが流れ込んでくるというのも嘘ではないのだろう。

「……火の精霊よ。猛き火よ。我ここに祈りを捧げん。偏に邪悪を払わんがため、ひと時その力この剣に貸し与えん」

 神殿の時と似た一節。すぐ隣にいる俺でも辛うじて聞こえる程度のそれはしかし、変化をもたらすのには十分すぎるほどの効果があった。


「ッ!?」

 火が熾った。空っぽの祠の中に。

 火種となるものはなにもない空の祠。その中に浮き上がり、そして踊るようにゆらゆらと揺らめく小さな火。

 それが、突然現れた変化に驚いている俺の前で勢いを増し、空の祠に引火するのではないかと思えるほどに大きな炎になったところで、その中から何かが飛び出した――祈りをささげるリンに向かって。

「あっ!」

 思わず声が出た。

 飛び出した何かはトカゲのような姿を取り、炎そのもので出来ているようなそのトカゲが大きく口を開けて、頭からリンを飲み込んだ。

「リン!?」

 だが、彼女は無事だった。

 トカゲは炎の姿に戻り、それが彼女の全身を包んでもなお、リンは祈りの姿勢を崩さず、声も上げない。そうしているうちに、彼女を包み込んだ炎は徐々にその勢いを失い――というより、リンの体に吸収されるようにして消えていく。


「……これでよし」

 静かにそう告げて立ち上がったリンが、同じように炎に包まれていた聖剣を俺に差し出した。

「火の精霊サラマンダーの加護、しっかりと頂きました」

 それからそう言って、未だ祠の中で揺れ動いている火に一礼すると、まるで役目を終えたとばかりにその火もまた勢いを弱め、元の状態へと戻っていった。

「終わった……のか?」

 縦に首を振るリン。

「これで残るは二つ。……さて、戻ろうか」

 ぱん、と手を叩いて音頭を取り、来た道を引き返す。その姿も表情も、ここに来る前と何ら変わりはないように思える。


「おお……見事に加護を得たようだな」

 だが、神殿に戻るや否や待ち構えていたエルフの司祭には一目で違いが分かったらしい。

「分かるんですか?」

 思わず声に出してしまったが、リンも司祭も別に気分を害した様子もなく平然としている。

「見た目は変わらぬ。だが、ここに運びこんだ時とは見違えるほどに活力に満ち溢れておる」

「ええ。凄く体が軽くなったような気がします」

 どうやらエルフと精霊には分かる何かがあるようだ。まあ、強くなっているのなら願ってもない。


「さあ、残すは二つ。どちらに行くにせよ、まずは体を休めて……と言いたいところだが、生憎あまり時間もなさそうだ」

 そう言うと、司祭はその身長程ありそうな杖を取り出すと俺たちに渡した水晶の相似形のようなものが埋め込まれたその先端を俺たちの方へと向けた。

 そしてその先端から発せられた淡い光が、俺たちを優しく包み込む。

「おお……」

「これぞこの神殿に伝わる癒しの魔法。通常の回復魔法とは異なるが、傷と共に体力を取り戻させる効果もある」

 光りに包まれた数秒だけで、十分に眠りゆっくりと起きた時のような気持ちになっていることから、恐らく誇大広告の類ではないだろう。

「ありがとうございます」

「さあ、残る二つ。どちらからでも向かわれよ」

 熱中症対策の緑の液体を水分補給に飲み干して、俺たちは火の精霊の領域と通じている魔法陣を背にした時正面に当たる、風の精霊の領域へと足を進めた。

「風の精霊か、その領域は霧深い幽谷と聞く。どんな危険があるかもわからん。慎重に」

 司祭の言葉で俺たちは再び魔法陣へ。火の精霊の領域へと向かった時と同じ光が俺たちを包み込み、その光が消えていくと、今回も神殿の姿はきれいさっぱりなくなっていた。


「ここが……?」

「風の精霊の領域みたいだね」

 降り立ったのは先程の雪山とは異なるが、こちらも寒々しい洞窟の中。

 小さなお堂のようなものがぽつんとあるだけのそこからでも見える洞窟の外の世界もまた、寂しい景色だった。

「確かに谷だな……」

「それに霧も」

 洞窟の外、左右には高く切り立った崖がそびえたち、その谷間に点在するいくつかの岩場の間を、丸太を並べただけのようなシンプルな橋で繋いだだけの景色が、ずっと奥まで続いている。

 そしてその谷底――というよりそれぞれの岩場のすぐ下の辺りまで立ち込めている霧がこの谷の深さを覆い隠していて、そしてその事実が、落ちればまず助からないという事をはっきりと伝えていた。


 その霧の海のようになっている谷の中に伸びている細い下り坂以外に、この洞窟の出口から先に進む道はなさそうだ。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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