四精霊6
「ふぅ……」
空になった瓶を袋に戻す。幸い同じものはまだある。勿論早く火の精霊の下にたどり着けるならそれに越したことはないのだが、まだ予備があるという事実はそれだけで心強い。
「……よし!行こう」
「うん。行こう」
火照った体が雪と外気によって冷やされ、全身の汗が冷たく感じ始めた辺りで、もう一度俺たちはトンネルの中に足を踏み入れた。
「これから探索を再開します」
リンが水晶に報告して、それから俺たちは最早覚えたトンネルを奥へと進んでいく。
先程の光る石は戻ってきてもしっかりと光を放って俺たちを待っていてくれた。
立ち込める湯気の中でも見えるその光を頼りに分岐を進み、先程間違えた場所まで戻ってくる。
「この先はどっちに進んでも行き止まりだったな」
先頭の光。その一つ手前の分岐で足を止め、消去法でもう一つの道へと進む。
湯気の切れ目にだいぶ近づいた――そして、現在地からそこまでの道のりも見えた――対岸が間近に現れたのは、それからすぐだった。
「やっと抜けられるね」
「ああ……だが」
ほっとするのはまだ早い。
対岸からは更に下へと道が伸びている。
「もうひと頑張りだな」
その坂を下っていく。湯気による視界不良はなくなり、代わりに更に一層暑い温度――そしてその原因=目が痛くなる程の溶岩が、谷川のようにどこかに流れているのに出くわした。
「ついに溶岩まで……」
「道理で暑い訳だね」
思わず呆れたような声を出すと、リンが苦笑で応じてくれた。
こんなものが流れているのだ、暑いに決まっている。
「……早いところ、火の精霊に会いたいものだ」
「そうだね」
目的のためにも、健康のためにも。
幸いというべきか、目当ての火の精霊を祀っていると思われる祠は、流れる溶岩の上にかかった石橋を越えるとすぐに見えてきた。
「あれかな!?」
「ああ、多分な。それにしても……」
改めて噴出してきた汗をぬぐう。
幾ら火の精霊を祀るとはいえ、先程の流れる溶岩の注ぎ込む先=広がるマグマの湖の向こうに置くこともあるまいに。
「……嫌がらせのような配置だな」
加えて、先程の地底湖同様、その溶岩の中にある道を通っていかなければならないとなれば、文句の一つも漏れるというもの。
分岐の類がなく、中央にある広い島の向こうがすぐに祠のある島なのはまだ数少ない救いと言っていいだろう。
「まあとにかく、あそこ行けばひとまず目的地だよ」
リンのその言葉も、もしかしたらまた灼熱の迷路を進まなくてはならない可能性がなくなった安心によって出たのかもしれない。
「まあ、そうだな。早く向こうに渡ろう」
後は加護を得て戻るだけ、そう思って溶岩の湖の中に伸びている細い道の上を進んで、中央の島にたどり着いた時、それは聞こえてきた。
「……リヒト、聞こえた?」
「……ああ」
どうやら俺の聞き間違いではないらしい。
ガタガタと、何かが転がってくるような音。進んできた道を振り返っても何も見えない。
では進行方向は?目的地の島にはただ祠があるだけだ。
しかしだとすれば何の音が聞こえているのだろうか。この島は言わば一本道の途中で、周囲は超高温の溶岩に囲まれている。
「周囲から?いや、そんなはずは――」
あるはずがない――そういう文脈で口をついたその言葉は、しかしその音の方向をしっかりと見据えていたリンによって、そちらから目を離さないままに否定された。
「いや……それらしいね」
「ッ!」
あり得ない。だが、俺も彼女の言葉に目を凝らしたところで見てしまった。
ガタガタと音を立てて進むそれを。
「あれは……」
それこそ暑さで幻覚でも見ているのではないかと疑いたくなるような光景=平安時代のような二輪の牛車が、それも車体全体に炎を纏ったそれが――溶岩の中なので当然だが――牽く牛もいないのにカラカラとこちらに向かってくる。
「何?あれ……?馬車みたいな……」
どうやらリンには初めて見る存在のようだ。
勿論、俺だって昔ゲームで見たことがあるだけで、こんなもの実際に見るのは初めてだ。
「火車だ……ッ!」
その名前でこちらに気づいたように、突然走るはずのないその二輪が猛然と回転し、俺たちの方へと突進を開始した。
「来るぞッ!」
それに気づいて反射的に叫んだ時には、既に溶岩からこの島に上陸してくるまさに瀬戸際だった。
「くぅっ!!」
ギリギリのところで飛び退くと、その直前まで俺たちがいた場所を火車が猛然と駆け抜けていく。
「クソッ!ひき殺すつもりか!」
チリチリと纏っていた炎の残り火を辺りに残して反対側に駆け抜けた火車。車体自体が燃えていることもあって、溶岩の上でもお構いなしで走り回っている。
「また来る!」
そしてその頭がこちらを向いたのをリンが叫び、それに呼応するように二度目の突進。見た目は牛車とはいえその車体は乗用車よりも大きく、スピードは飛び退くのが精いっぱいな程だ。
「うわっ!!」
それが明確にこちらをひき殺そうとしてくる。
回避に専念するしかないが、間一髪で躱して奴の方に向き直る頃には、こちらは入れない溶岩の上を滑るように走って逃げていった後だ。
「中々不公平だな」
溶岩の上を大きく旋回して三度目の突撃を試みようとしているそいつに毒づく。悔しいが、あの突進をどうにかする方法などすぐには思いつかない。
だが、リンはその限りではないらしい。
「仕方ない……危険だけど、奴の足を止めるよ」
再度こちらに突進するべく頭を向ける火車。
「本気か!?」
どんな手があるのかは分からない。だが、代案も、それを絞り出す時間もない以上は信じるしかない。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




