四精霊4
「よし、開けるぞ……」
この雪山で手の中に伝わってくる熱が、その向こうの気温を如実に思い描かせる。
観音開きのノブをしっかりと握りしめると、それまでのかじかんでいた手がほぐされていくような感覚を覚え、これから向かう先にモンスターが潜んでいるかもしれないという状況にも関わらず扉の向こう側へ早く入りたいという思いにさせた。
「うおっ……」
果たして、想像通りの空気が二枚の扉の間から俺たちの顔に吹き付けた。
「あったかいね」
リンの声にも心なしかほっとしたようなものを感じる。
扉の向こうに続いているのは、誰が用意したのか分からない燭台が一定間隔に並ぶトンネル。
背後にそびえ立つ石壁と岩をくり抜いたようなそれが奥へと伸びていて、その奥の下り階段から立ち上ってくるのだろう熱風が、寒さに凍えていた俺たちを迎え入れた。
「よし、進もう」
「うん。気を付けて」
その歓迎してくれているような温かさの中、剣を抜いてトンネルを奥へ。思った通り、温かい風が頬を撫で、寒かった外へと吹き抜けていく。扉が温かかったのも納得だ。
「流石は火の精霊の領域……」
煌々と照る燭台と、奥から吹き抜ける温風。一歩外に出れば極寒の雪山だとは到底思えないその快適なトンネルは、しかしその中に一歩足を踏み入れた段階で、リンの首にかけた水晶から司祭の声が発せられた。
「二人とも少し待ってくれ」
「どうかしましたか?」
下を向くようにして声に応じるリン。それへの答えは、水晶の中に現れた司祭の姿が手に持っている見慣れない道具をこちらに見せつけながら続いた。
「そこは火の精霊の領域。そのトンネルから更に下へ降りていくにつれて、更に高温多湿な環境に変わる。手間だろうが、一度戻ってきてくれ。それなりの装備がなければ、ただ最奥にたどり着くだけでもままならないはずだ」
とは、手の中の、液体と複数の水晶のような透明な球体が浮かぶ細長いガラス管を見せながら。
それがエルフの技術で生み出した温度計なのだろうか。
「分かりました。一度戻ります」
どうする――そう問いかけるようなリンの視線に、俺は水晶に返事することで意思を示す。
少し手間だが、まあ仕方ない。
熱中症の危険は日本にいた頃にいくらでも聞かされていたし、毎年夏になるとただ外にいるだけで具合が悪くなる程に暑いという経験を数えきれないほど味わっているのだ。暑さを甘く見るのは危険だ。
「今から戻るのか?戻る距離は短いが……」
「暑さはバカに出来ないよ。現に外から一歩入っただけでこの温度だ。ここから先に進んで、もっと暑くなる可能性を考えれば、万全の準備が必要だ」
その考えは幸いリンにもあったらしい。
それ以上何も言わず、彼女も来た道を戻って橋を再度渡り、魔法陣まで戻ると、俺たちは再度光に包まれた。
「よし、戻ってきたな。準備は出来ている」
待っていた司祭が持たせてくれたのは、リュックサックサイズの革袋一つ。
持ってきた当人と共にその紐を解いて口を広げ、中の代物を一つずつ確認する。
「この緑の瓶はエルフに伝わる飲料だ。通常の水よりも吸収されやすいよう調整されている。高温の環境で大量に発汗した場合に有効だ。そしてこっちの青い瓶は一時的に体を冷やす効果がある薬だ。あの高温の洞窟に入る前に青い方を飲み、体を冷やした状態で中に入れば、周囲の高温の中でも活動可能な時間が増えるはずだ。それはつまり、効率的に動ける時間が増えるという意味でもあるがね」
つまり緑の方はいわゆるスポーツドリンクという訳だ。この世界でそんな飲み物が手に入るとは思わなかった。
「それとこれを」
二種類の瓶に続いて司祭が取り出したのは、見慣れない形をした衣類のようなものだった。
蛍光素材の使われていない工事現場の安全ベストのような姿をしたそれは通常の衣服の上からでも着られるようになっているが、なにより着用者の体を前後から挟むように袋が取り付けられているのが特徴だろう。
「この冷却用ベストを着て、この袋の中に入口の周りにあった雪を詰める。そうすると、雪が解けきるまで常に体を冷やし続けるという寸法だ」
先程の火の精霊の領域を思い出す。まさにうってつけの便利なアイテムという訳だ。
次に出てきたのはおはじきサイズの石。それも一個や二個ではなく、小さな革袋の中にぎっしりと詰まっている。
「それにこの石。これは強い衝撃を加えるとかなり長時間光を発し続ける性質がある。途中で涼むために後退した時にそなえて、道しるべとして撒いておいてくれ。その方が涼んでから戻るまでの時間が短縮できる」
たしかにこれも重要だろう。もしあのトンネルの先が迷路になっていたとしたら、せっかく体を冷やして再開しても、道が分からなくなって彷徨っていれば一向に前に進めない。
「それと、水晶は今度もしっかりと持ち続けてくれ。どれほど装備を固めても高温多湿下で長時間過ごすのは勧められない。その水晶からそちらの状態が私にも分かるようになっておる。危険な状態になったら都度連絡する」
「了解しました。ありがとうございます」
「それでは、改めて行ってきます」
心強いサポートを受けた俺たちは再度あの雪山へと戻る。
再び石橋を渡り、熱気の漏れてくる入口へ。
「まず、このベストに雪を詰めて……」
「うぅ……指先が痛くなる……」
手で掬った雪をベストの袋へと詰め込んでいく――しゃもじのようなへらを一緒に入れてくれていたと気づくのは全て詰め終わった後だった。
「まあ、中に入ればすぐ温まるか……」
自分の間抜けさを誤魔化してベストを羽織ると、成程これは冷却用ベストだ。外だと体に悪いような気がするほどに冷たい。
「で、この青い薬を飲むんだよね」
「ああ。それで中でも冷えるはずだ」
リンと二人、取り出した瓶の中身を一気に呷る。意外にも薬自体は冷たさを感じず、色に比べて味もほとんど無味無臭だ。
そのほとんど水な薬ののど越しを味わいながら、石の入った革袋を腰へ。幸い動作に支障をきたすような重さやサイズではない。
「これでよし……っと」
「じゃあ、改めて入ろう。持ってきた荷物はここに置いておく方がいいだろう」
残ったのはあのエルフのスポーツドリンク。中の暑さを考えると雪の中に突っ込んで冷やしていた方がいい。
「ここで冷やしておこう」
「その方が美味しいだろうしね」
どうやら、リンも同じ考えのようだ。
とにかく、これで準備は万端。観音開きに手を触れると、雪を触って冷え切った指がほぐれていく。
「この程度ならいいんだけどな」
指が滑らかに動くようになったところで、改めて扉を開くと、噴出してくる温風に逆らうようにして俺たちは進み始めた。
(つづく)
投稿遅くなりまして申し訳ございません
今日はここまで
続きは明日に




