選ばれし者5
「そんなことが……」
「まあ、信じられないのも無理はないだろうね。世間に伝わっているのは『大賢者によって悪いドラゴンは封印されました』という部分までだ――」
と、そこで一呼吸おいてから、彼女は改めて俺の目を見据えた。
「だが、事実だ。そして君は聖剣に適合した。そして適合者が剣を抜けるということは、封印が弱まっているという事の証拠でもある」
「それって……」
頭の中で今の言葉を何度も咀嚼する。
RPGのような世界――この地に転生した際にまず思ったその感想が再び頭を占める。だとしてまさか、俺がそんな立場になるなんて普通は考えない。
――たとえ、心のどこかでそれを望んで剣を抜こうとしたとしても、だ。
「フォシークリン、そしてその精霊である私はこの地に安置されてからずっと眠りについていた。本当なら、誰にも触れられることなく眠り続けるはずだったのだろう。だが……この剣には封印の弱まるのに合わせて覚醒状態となり、その時一番近くにいた適合者を呼び寄せるという性質がある。つまり――」
「封印が破られそうで……俺が呼ばれた?」
こくん、と彼女が頷く。
何かが変わるはずだ。そういう思いがあったのは事実だ。
だがそれが、聖剣を抜き邪竜を倒す勇者などというのは、あまりに行き過ぎかつ出来すぎだ。流石にそうそうちょうどいい匙加減の話など持ってきてはくれないらしい。
「……それで、俺にどうしろと」
「ここより東にあるエルフの暮らす森、そこまで連れて行ってほしい。何が起きているのか分かれば対処も出来るはずだ。だが――」
ちらりと彼女の視線が俺の手の中へ。それから、その手の中の代物が刺さっていた岩へと移る。
「どうやら、ここにあった祠は随分昔に無くなってしまったらしいね。跡形もなくなっているとは、忘れ去られて、だれも守る者がいなくなってしまったのだろう」
言いながら再度手の中の剣へ。
つられて俺も同じものに目をやる。先ほど放たれたまばゆい光は既に消え去り、今は古い、所々錆びついているただの剣だ。
「私の力もそれによって弱まってしまったらしい。加護がなくなって錆が出てしまっている。どこか腕のある鍛冶屋に連れて行ってくれないか。打ち直せば力も戻るかもしれない」
そっちならば、まだ俺にもどうにか出来そうな話だ――腕利きの鍛冶屋など知らないが。
「まあ……村のギルドに戻れば誰か知っているか」
小さな村の小さなギルドだが、それでも冒険者と呼ばれる連中は各地から集まってくる。
俺のように薬草集めしか出来ないような駆け出しから、モンスター退治を請け負う一端の使い手たちまで。
ベテランの話を聞ければ、どこの鍛冶屋がいいかぐらいは分かるだろう。
「やってくれるか?」
「ああ、それぐらいなら大丈夫だと思う」
その答えに、彼女が相好を崩す。
「ありがとう!よろしく!」
「ッ!!あ、ああ……よろしく」
それに対して息をのんだのは、多分ばれていないと思いたい。
「そういえば、名前を聞いていなかったな」
「ああ……リヒトだ。そう呼ばれている」
どうもこちらの人間には葉院理人というフルネームは長ったらしいようで、専ら下の名前でばかり呼ばれている。
「そうか、よろしく、リヒト」
透き通るような白い肌。涼しげな切れ長の瞳。それらから受ける印象よりもだいぶ無邪気な笑み。
「そ、それじゃ……ひとまず村に戻るか」
自分の顔が熱を持ち始めるのが感覚でわかって、心臓が早鐘を打ち始めるのもまた分かって、思わず顔を隠すようにかぶったままだったヘルメットを脱いで元の場所に戻し、それから真っ赤な顔を誤魔化すように俺は来た道を戻る。
「あ、待って!」
呼び止められて振り向いた先=彼女から差し出された鞘。
「これを」
「ああ、ありがとう」
受け取ったそれに剣を収めると、当然といえば当然だがぴったりとフィットする。
それを鞘ごと差せる革製の剣帯を一緒に受け取って腰に巻く。
「おお……」
思わず声が漏れた。
ただの薬草集めだけの最下級のはずの自分が、一端の冒険者になれたような気がした。
「うん。よく似合っているぞ」
剣の精霊からのお墨付きももらって、俺は改めてきた道を引き返すべく先程降りてきた坂を上る。
村はこの森から出てすぐだ。そこで腕利きの鍛冶屋と必要な費用を聞き出したら、そこで改めてその金をどうするか考えたらいい。
何かが変わってほしかった――それは事実だ。
だが急激すぎる変化についていけるかどうか不安――これもまた偽りのないところだ。
おとぎ話のような邪竜のことなど、俺にはあまりに荷が重い。
封印が弱まっているとはいえ、まだ何もおかしなことは起きていないのだ。なら、俺に出来る準備を俺に出来るペースで――そんな風に考えながら坂を上り切った先で、早速俺に出来るペースなどあっさりと崩れ去った。
「ッ!!?」
坂の先、ちょっとした広場。
そこにいた存在に、思わず飛び上がりそうになるのを何とか我慢した。
あくまで飛び上がりそうになるのをこらえただけだ。その姿を見た瞬間、足がすくんだように動かなくなった。
2mを優に超える体格。全身を覆う体毛。その毛で覆われた体の数少ない例外=牙のあるゴリラとしか表現できないような顔と、両腕のメスのような鋭い爪。
「トロールじゃないか!?」
俺の後に続いていた彼女もまた、驚いたように声を上げる。
それに反応した――という訳でもないのだろうが、奴の牙をむき出しにした顔がこちらに向く。血のような色をした二つの瞳がじろりとこちらを睨みつけている。
トロール。この辺りで目撃談があった上級モンスターが、上級どころか普通のモンスターとすら戦ったことのない俺の前にその姿を現していた。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に