沈黙する森4
そしてその答えが正しいのか否かは、その後のエルフの司祭の話ですぐに判明した。
「ヴェトルは自らの封印を破ってこの世界に再び現れ、今まさにフィンブルスファートの封印を破ろうとしておる。だが、それだけならここまで被害も出なかっただろう」
そう言うと、並べられた沢山のバッグに向かってひざまずき手を合わせる司祭。今や物言わぬその沢山のバッグに祈りを捧げながら、更に彼は続ける。
「ヴェトルが作ったのは、ほんの僅かな封印の綻びだ。とても封印を破るには至らないような、小さな傷。しかしそれがフィンブルスファートを目覚めさせ、ヴェトルに封印を破らせるために自らの力を与えた。その力をもって奴は封印を破るために暗躍し……やがて邪魔になったこの里のエルフたちを、かつての同胞たちを手にかけた」
その言葉に従うように、俺たちも体の向きを変え、沢山の遺体の方へと向き直る。
「ヴェトルは、今やそれが可能な程に強大な力を得てしまった。聖剣の勇者よ、そして聖剣の精霊よ。あなた方は身をもって知っただろう。……今や奴の力は、聖剣のそれを凌駕してしまった、と」
その言葉はあまりに重く、逃げ出したくなる現実だった。
俺たちはここまでフィンブルスファートを倒すためにやってきた。その道のりで立ちふさがった敵は、苦戦もしたが全て下すことが出来た。
だが、奴は違う。奴はその他のモンスターとはけた違いの強さだ。
そのことは、戦った――そう呼ぶことも出来ない程一方的に痛めつけられた俺たち自身がよく分かっている。
「奴は周到だった。長い長い時間をかけて自らの封印を弱らせ、多くのエルフがその存在すら忘れてしまうほどの時間が経ったのを見計らって封印を破り、あらかじめ自らとフィンブルスファートの脅威となる聖剣を破壊することにした。邪竜の力を聖剣が感知するよりも先に聖剣の隠された祠を見つけ出すと、奴自身が祠を守っていた者を始末した。だが、流石は聖剣の番人ということか、その最後の力でもって聖剣を奴から見えないよう、結界の中に隠し、それによって聖剣は守られた……しかし祠と番人を失い、その力は弱められてしまった」
最初に聖剣フォシークリンを抜いた時の事を思い出す。
だれも守る者がいなくなってしまったのだろう、とリンは言っていた。本来ならフォシークリンが安置されていたはずの祠は失われ、ただの岩場に突き刺さったまま錆びついていた聖剣。
そしてロマリーの遺跡でのヴェトルの言葉=いずれ見つけ出して破壊しようと思っていた。
奴は先手を打っていたのだ。名も知らない聖剣の祠の番人が決死の思いでフォシークリンを隠し、祠を失って力を弱らせながらも聖剣は守られた。
しかし、生き残っただけでその力は最早邪竜の力を得たヴェトルには歯が立たない程に弱くなってしまった。
「そんな……」
震える声が俺のすぐ横から漏れる。
「じ……じゃあ……じゃあ、私は……」
「精霊よ。あそこまで完膚なきまでに叩き伏せられれば、私が言わずとも分かっておるだろう」
返事はなかった。
リンは、弱められた聖剣の精霊は、その現実の前にただ言葉を失って力なくうなだれていた。
「リン……」
「リヒト……」
絞り出した。そう呼ぶしかない弱々しい声が辛うじて耳に届く。
「私……どうしよう……」
一昨日からの付き合いとはいえ、これが十年間の付き合いでもそう見ることのない顔だというのはすぐに分かる。
今にも泣きだしそうな、そしてそうなるのを懸命に堪えているような顔。
きっと、希望が打ち砕かれた人間とは、こういう顔をしているのだろう。
「私、私……聖剣なのに……フィンブルスファートを倒すために……」
「落ち着けよ」
「リヒトに……助けてもらって……危ない目にも遭わせたのに……なのに、私……全部無駄――」
「落ち着けって!」
その気持ちは推測するしかない。
彼女は聖剣だ。邪竜を倒すために造り出された聖剣の精霊だ。
俺を協力させて――彼女の視点でいえばそうだろう――ここまで巻き込んで、その上でその目的だった邪竜はおろか、その手前にいるヴェトルにすら敵わないとなった時、その絶望はどれ程のものだろうか。
「で、でも……でも私が、私がリヒトに無理を言ったのに……それでリヒトも危ない思いをしているのに……ッ!それなのに私……私が勝てないんじゃ……」
「まあ待て精霊。まだ手はある」
「「ッ!!?」」
その言葉には、彼女と同じぐらい俺も食いついた。
言葉には出していなかったが、俺とて不安だったのは事実だ。
「まだ……?」
「あれを」
一度頷いて、それから司祭は遺体の並べられた部屋とは反対、一段高くなった部屋を示した。
部屋と言っても壁などで仕切られている訳ではなく、その複雑な模様の刻まれた舞台のような石の床があるその場所は、こちら側に面している辺以外の三辺からその石の床が伸びた先に、俺たちがここにやってきた時に見えたものと同じ魔法陣が描かれていた。
「これは保険の保険というべきものだが、弱ってしまった聖剣の力を取り戻す方法がある。あの魔法陣によって転移できる先に広がる三つの迷宮、それぞれの一番奥に火、風、土の三つの精霊が祀られておる。この神殿の水の精霊と併せて四つの加護を受けることだ。言い伝えの通りならば、それで聖剣の力は完全に復活する」
俺たちは顔を見合わせる。
それが今できることなら、答えは決まっている。
――だが、当の本人は即決できないようだった。
「やろう、リン!」
「えっ……あ……」
「どうした、精霊よ」
司祭の問い。それへの答えは、俺の顔をじっと見つめて発せられた。
「本当にいいの?また危ない目に――」
「ここまで来たんだ。今更逃げられるか」
覚悟が決まったという訳ではない――こんなことを言っておいておかしな話だが。
当然ながら、痛い思いはしたくないし死ぬのは怖い。
だが、リンがヴェトルになぶり殺しにされそうだった時の恐怖は、同じぐらい嫌なものだった。
「やろう、可能性があるなら」
「……ッ!!」
彼女の息を吞む音が静かな神殿の中に響いた。
「……うん!ありがとう、本当に、本当にありがとう!」
そう言って相好を崩した顔に、つうっと涙の線が駆け下りていった。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




