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異世界安全衛生マニュアル  作者: 九木圭人
沈黙する森
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沈黙する森3

「くっ……!!」

 即座にもう一度叩き込む――が、結果は変わらない。振り下ろした刃は奴に触れる前に、何か硬いものに弾かれて動きが止まる。はたから見れば俺が寸止めしているように見えるだろう。

 だが、当然そんなはずはない。剣が止まり、弾き返される手応えがあった瞬間、剣を止めているその空間が、亀の甲羅のようにいくつもの六角形を組み合わせた形に赤く発光する。


「どうした?聖剣という割に随分切れ味が悪いじゃないか」

 その光の向こう、軽蔑の笑みを浮かべながら奴がそう投げかける。

「もっとも、精霊があの程度では、仕方なくもあるかな」

「うっ……あぁぁっ……!!」

 リンの喘ぐのが聞こえて、俺はそれをかき消すようにもう一度剣を振りかぶり――そこで止まる。

「もういいよ」

「ッ!!?」

 奴のつまらなそうな声。

 次の瞬間、俺の体は宙を舞った――剣を止めたのと同じ光を纏った奴の手に突き飛ばされる形で。

「がはっ!!!」

 突き飛ばされる。

 いや、そんなものではない。こっちの世界に転生したあの事故の時と同じぐらいの衝撃で、俺の体は吹き飛ばされた。


「がっ……!!あっ……!」

 痛いなんてものじゃない。意識を失わないで済んだのは、恐らく聖剣の加護によるものなのだろうが、その加護をもってしても、立ち上がれず息も出来ない程の痛みは軽減することは出来ない程の威力だ。

「さて……残念だが少年、君は私の提案を拒否した。つまり……ここで弱き精霊と死ぬことを選んだ訳だ」

 途切れそうな意識に奴の淡々とした声が響く。

 それに続いて、何かが叩きつけられる音。

「あぐっ!!ぅ……ぁ……」

 辛うじてその音の方向=奴と俺との間の空間を見ることが出来た。透明の拘束から解き放たれ――恐らくそれに投げつけられたのだろうリンの、倒れ伏したままぐったりと動かない姿を。


「リ……リン……」

 掠れた呼び声に返事はない。

 投げ捨てられた人形のように、手足を放り出した姿のまま、彼女はピクリとも動かない。

「警告は無駄に終わったか……君が彼女の様になる必要はなかったはずだが……まあ、仕方がない」

 ヴェトルがゆっくりと一歩ずつ、リンの方へと近づいていく。

「や……やめろ……」

 俺も動かない体を無理矢理に這わせてリンの方へ。

 ヴェトルの手は先程と同様に赤い光を宿している。何をするつもりかは誰の目にも明らかだ。


「死ね」

「やめろ!」

 這いずるのが追い付いたのは、多分奴がそうなるのを待っていたからだろう。

 俺がリンに覆いかぶさるようになるのを待って、ヴェトルの手の中で光は更に大きく膨れ上がる。

 直感:俺たちは串刺しにされる。

「……ッ!!」

 奴のそれの威力がどれ程かは分からない。きっと俺一人の体など、ほとんど奴の放つそれの前では無意味だろう。

 だが、それでも目の前でリンが殺されるのを黙ってみてはいられなかった。


「む……!?」

「!?」

 次の瞬間、俺たちの周りに出現した幾何学的な模様が、その模様の形に放った光で俺たちを包み込んだ。

 そしてそれと同時に、目の前にいたはずのヴェトルが消える。

「間に合ったか……」

 どこからか聞こえてきた声を最後に、俺の意識は暗闇に沈んだ。




「――ト!リ――」

 誰かの声。聞き覚えのある声。

「リヒ――起きて――」

 何を言っているのかは完全には聞き取れない。誰かを呼んでいるのだろうか?

「ヒト!リヒト!!」

「ッ!!」

 それが己の名で、呼んでいるのがリンである――俺の体が跳ねたのは、それらの情報が頭の中に揃った瞬間だった。

 リンが俺を呼んでいる。あの時確かに殺されそうになっていたリンが。そして同じく殺されそうだった俺を。

 何故?どうして?

 俺たちは助かったのか?

 あらゆる疑問が頭の中を渦巻いて、その答えが一切分からないままにようやく焦点があった――俺をのぞき込んでいる、涙ぐんだリンの顔に。


「リヒト!!」

「リン……なのか?」

 体を起こす――痛みはない。

「リヒト……ッ!よかった……」

「わっ」

 突然の抱擁が、リンの柔らかさが、まだ寝ぼけている頭をはっきりさせた。

 ヴェトルの姿はなく、先程までの夕日に照らされた丘の上でもない。

 薄暗い、石造りの神殿のような場所の床に俺は寝かされていたようだ。

 ――いや、すぐ横に俺の下に敷かれているのと同じような毛布が並べられているのを見るに、リンも一緒に、だろう。


「ここは……」

「ようやく、目を覚まされたか」

 意識が途切れる直前に聞こえた声。そのことを思い出すのと同時に、その声の主は俺たちの下にやってきた。

 ヴェトルのそれとは異なる、銀色の装飾が施された白いローブ。

 その白の中でも更に目立つ顔の下半分を覆っているような長い白髭。

「あなたは……」

「ここにあなた方を連れてきた者……この神殿で司祭をしていた者だ」

 そう言うと、彼は俺たちの後ろに目をやる。

 その視線を追うように俺たちもそちらを見ると、何かを入れていると分かるバッグが規則的に並んでいるのが見えた。


「……そして、ヴェトルを除けば、最後のエルフだ」

 そのバッグのサイズとその言葉、そして頭に浮かんだ、エルフの里の姿。

 導き出される答えは一つしかなかった。


(つづく)

投稿大変遅くなりまして申し訳ございません

今日はここまで

続きは明日に

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