廃都12
「そっちのプラグを繋いで」
「了解だ」
魔石パイプをセットした台から伸びているプラグ。その先端が機械群に通じるそれと外されている。驚くべきことに魔石パイプ自体には劣化が見られないのだからシュクシュの魔法技術とは凄いものだ。
「よっ……と」
言われた通り、二本のプラグを繋ぐ。制御盤に確認に戻ったリンが視認性確保のためだろう、作業現場を目視できるようにレイアウトの変わった金網沿いに俺を見て手を振って合図した。
「よし、制御盤が復活した!動かすよ!」
「了解だ!頼んだ!」
叫び返し、それから低く唸るような音を目の前の機械群があげはじめ――そして、急に何かを噛み込んだ時のような耳障りな音が混じる。
「駄目だ。出力が上がらない!さっきの音からして、多分機械に何か挟まっている!」
「分かった。チェックしてみる」
「とりあえず動力を止める」
リンのがそう言って制御盤を操作すると、一拍置いて耳障りな音が消える――低く唸るような音と共に。
「リヒト、警報が出ていた。やっぱり何か噛み込んだみたいだ!一番左端のベルトカバーの中を確認してくれ」
そう言って、制御盤の横に置いてあった冊子を持ってやってくるリン。無論、停止した制御盤に操作禁止札を掲示するのも忘れない。
彼女が説明しながら差し出した冊子=トラブルシューティングに目をやると、確かに今のような症状についての説明が載っている。曰く、ベルトに異物が挟まっている可能性が高いため、カバーを外して異物を取り除く必要があるとのこと――機器の停止手順やら必要な危険防止措置まで丁寧に説明されている。
「了解だ」
目当ての機械はすぐに分かった。リンの言葉とトラブルシューティング通り、機械群の左端にぽつんと一基、前後に細長い箱が置かれていて、耳障りな音はほぼ間違いなくそこから聞こえて来ていた。
「ここか」
「機器は停止して、操作禁止札も掲示してある。ただ一応回転機器だ。作業中に何らかの理由で動く可能性もある。プーリー自体を固縛してから作業を始めた方がいいだろうね」
確かに、機器の動作以外でも何らかの事情によって動くことは考えられる。念には念を入れておいた方がいいだろう。
「ああ。そうだな。……この袖邪魔だな」
ついでに、ちぎれかけていた袖をいっそのことちぎってしまう。
「大丈夫なのか?」
「まあ、片袖程度ならな」
恐らく厳密にいえば、機械をいじる場所であまり肌を露出させない方がいいのだろうが、巻き込まれる危険性があるものをぶら下げたまま作業するよりはましだろう。
「それなら仕方ないが……一応これを」
そう言ってリンが差し出してくれたのは、一枚の布。おそらくあの神殿で用意してもらったアイテムの一つだろうが、俺には見覚えのない代物だった。
だが、それを片方だけノースリーブになってしまった肩口に袖代わりに巻き付けると、驚くほどしっかりと腕に巻き付くのがわかる。
まるで最初からそういう服だったとでもいうように、肩口からしっかりと俺の腕を包み込んだ。
「これは?」
「神殿で祝福を受けた繊維だそうだよ。使用者を包み込んで神殿の加護の力で守ってくれるらしい。とりあえずその袖の代わりにはなるだろう」
そういう事なら有難く使わせてもらおう。その加護のお陰か、ぴったりと腕に馴染んだそれは途中でほどけそうもない。
して、作業開始。
目の前の箱=カバーの天板部分。おそらくこういう事態は以前からあったのだろう、小さなのぞき窓のハッチを開くと、保護ネットの向こう側に三本のベルトと、それによって動力をどこかに伝えているのだろうプーリーが一基。そしてそれとは別の組み合わせなのだろう、別のプーリーとベルトとが、指一本分ぐらいのすき間すらない状態で並んでいる。どうやら問題があるのはその二つのプーリーの間のようだ。
それぞれ回転する二基のプーリー、その僅かな隙間に金属片のようなものが一つ引っかかって、ガタンガタンと規則的に音を立てていたのだ。
「これか……」
一瞬考え、それからリンの方を見る。それからこのベルトカバーの下側を。
「カバーの下側からプーリーにロープを通して、このベースの部分に縛り付けよう」
幸いカバーの下は地面と密着しておらず、下からプーリーにアクセスできるようになっている。
「分かった。それで行こう。ロープ持ってくる」
金網の前に丸めて置いてあったロープを持ってきたリンから受け取り、その先端をプーリーの肉抜き穴のような場所に通すと、この機械自体を据え付けてある土台部分に縛り付けた。これで突然この機械が動き出しても、肉抜き穴の直径以上にプーリーが回ることはない。
「これでよし……っと」
それからのぞき窓の下の保護カバーをトラブルシューティングを見ながら外し、挟まっている金属片をトングで掴む――大丈夫だとは思うが、先端が尖っているため手で無理に採らない。
「保護ネットついているのに何が落ちたんだろうな?」
少し気になったが、その正体はすぐに判明した。ベルトを保護しているカバーの、その表面と挟まっていた金属片の塗装が一致していたことで。
「まあ、古いしな」
とにかくこれで異物の除去は完了だ。保護ネットとのぞき窓を元に戻し、プーリーの固縛を解除してから二人で制御盤へ。操作禁止札を外して、いよいよ運転再開だ。
「よし、じゃあ運転するよ」
「頼んだ」
制御盤の復旧を確認して、俺は再度のぞき窓へ。お互いに目視と声掛けで安全を確認すると、リンの手が制御盤の上を滑る。
再び聞こえる低く唸るような音。しかし今度は異音が混じらない。
「……よし、出力安定した!昇降機が使える!」
リンが俺を呼び、俺たちは今度こそ二人でそのエレベーターの上へ。
頂上への直通らしくレバーを一本手前に引くだけでガタンと音を立ててエレベーターが揺れ、周囲の景色が下に流れ始めた。
それからは同じような壁が上から下へと流れていく数秒間。やがて一番上にたどり着いたところで動きは止まり、壁の代わりに現れたのは殺風景な一本道。
「ここから先が……」
「ああ、エルフの里の入口だ」
エレベーターを降りると、意を決してその扉を開く。
目の前に広がっていたのは一本の道と、夕焼けに映える大森林だった。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




