廃都9
「なんだ……?」
その巨体を見上げて、口からこぼれたのはその一言だけ。
巨大化する敵。当然ながら初めて見る光景。
「ッ!リヒト!危ない!!」
「ッ!?」
咄嗟のリンの叫び声がなければ、直後に振り下ろされた岩塊のような拳によって叩き潰されていただろう。
後ろに跳び下がり間一髪で回避したそれ。その直後に、一歩踏み込むようにして俺たちを纏めて潰すべく巨大な足が落ちてくる。
「うおおっ!!」
「くうっ!!」
俺とリンがそれぞれ左右に跳んで間一髪で躱し、そしてその動作故に左右に分断されてしまった。
「リン!そっちは――」
巻き上がる砂嵐のような土煙によって姿を消した彼女を呼びかけ、即座にその場に伏せるようにして奴の腕を躱す。
「ぐっ!!」
持っていかれそうになる程の強烈な風をはらんだ奴の腕が、コバエでも叩くように振り抜かれて、背中のすぐ上を通過する。
「クソッ!!」
聖剣の加護さまさま=その一瞬の判断といい、そこからすぐに動けたことといい。
踏みつけようとした足が引き戻される、俺のすぐ上を移動していくそいつの着地点に合わせて駆け込むと、米俵ぐらいのサイズがありそうな足の親指に向かって、逆手にもった聖剣を飛びこむようにして突き立てた。
「ッ!!!」
耳がおかしくなりそうな絶叫が降ってくる。
即座に剣を引き抜いて、恐らく足を庇うためだろう膝をついたスプリガンの背中側に回り込むように駆け抜けると、振り返りざまに横薙ぎ一閃。青白い閃光が、奴のアキレス腱をすっぱりと切断する。
「ギャアアアアアアアッ!!!!」
恐竜の如き咆哮が轟き、直後に奴の巨体がゆっくりと崩れ落ちていく。
片足の力を失い、その場に座り込む――というか崩れ落ちる姿を晒したスプリガン。
「よし……」
ひとまず叩き潰される危険は下がった。どれほど巨大でも、立っていない限り踏み潰すことも位置エネルギーを使うことも出来ない。
剣を構えなおす。倒れて低くなった以上、首も頭も狙える。
「ッ!」
さあ反撃開始――そう勇んだ矢先、先程空振りした奴の手が、聖剣の色違いのように光を纏ったのが分かった。
「なにを――」
言いかけ、そしてすぐに口を閉じて回避動作=すぐ真横に倒れる。
小虫を振り払うような動きを見せた直後。その光が意思を持っているように俺に向かって飛んできた。
「ぐっ!!!」
鋭い痛み――というか熱が右腕に走る。
肩口から切り裂かれた袖口がだらりと下がり、その下に見えている肌に赤黒い線が一本。それが今飛んできた光によるものであるのは誰にでも分かる。
赤い稲妻とでも言うべき光。奴の手を離れた瞬間にはその光が俺の腕を焼いている。まさしく雷そのものか。
「この……ッ」
奴がもう一度右手を掲げ、その指の間にバチバチと音を立てながら赤い光が纏わりついていく。
「くっ……」
アキレス腱を切った足の陰に入るように動く。
指の間を走る稲妻。あやとりのように指から指へ。一本が二本に、二本が三本に。
みるみるうちに増幅されていく光がこちらに放たれたのは、それが四本目に達した瞬間だった。
奴の足の後ろに隠れることで回避することは出来た。だが、発射感覚は数秒しかない。ここから飛び出して奴の首を狙ったとして、間に合うかどうかはギリギリなところだ。
いや、一太刀で完全に仕留められなければ、斬りつけた直後にあれの直撃を受けるかもしれない。掠めただけで皮膚が炭化するレベルの熱線だ。直撃などすればひとたまりもあるまい。
「……ッ!」
それを向こうも分かっているのだろう、片手と片足で這って距離を取りながら、しかし掲げた手には再度赤い光が満ちていく。
「光よ、我が敵を射抜け!ファイアボルト!」
その赤い光が突如飛び込んだ火球によって凄まじい爆発に変わったのは、その直後だった。
「ギィィィィィィッ!!!!」
指の中で起きた爆発。当然、奴の手も無事ではない。
「リヒト!!今だ!!」
「おお!!」
リンの叫びがスプリガンの絶叫に混じり、絶叫にかき消されないように叫び返しながら俺は突進した。
腕はもう一本残っている。チャンスは恐らく一度だけだ。
「おおおおあああっ!!!」
叫びながら駆け、奴の首めがけて飛び上がる。
聖剣の加護を受けた跳躍は、そのままふわりと浮かび上がるような感触で俺の体を持ち上げた。
見上げていた首。巨木のようなそれが、今は目の前にある。
「シャァァッ!!!」
叫び、同時に剣を振り下ろす。
巨木に食い込んだ刃は、これまた影を切ったように何の抵抗もなく、その中を駆け抜けていった。
「ギャァァァァァァァッ!!!!!」
再度の耳を聾するような絶叫。
地響きのような音を立てて、奴の巨体が崩れ落ちていく。
「やったか!?」
舞い上がる砂煙の中に浮かび上がる、奴を包み込む影。
巨大化した時と同じような光景に反射的に剣を構えなおすが、今度は先程までより遥かに早く終わった――元の姿に戻ったスプリガンの亡骸だけを残して。
「終わった……」
見下ろしていた死体が、急速に無数の塵に変わり、風に乗って辺りに散っていく。
目で追う事も出来ないぐらいの細かな塵。そよ風程度のそれでも舞い上がったその残骸は、西に傾きオレンジ色に染まった日の光の中に溶けるように消えた。
「やったな、リヒト!」
「ああ。また助けられたな」
立役者の言葉に、ようやく俺たちが勝利したことを実感した。
「何度も済まない。ありがとう」
「いいよ。気にしないで。それより――」
彼女の視線を追う。そびえ立っている塔へ。そしてその塔の頂上へ。
「あの塔の上が、エルフの里への入口……」
「いよいよか……」
視線を戻す。水平の高さ、大きな観音開きの扉が待ち受けている塔の入口へ。
「よし、急ごう」
「ああ」
それから俺たちはそちらに向かって歩き出した。
あの塔を登ればいよいよエルフの里――そして、おそらくそこに邪竜フィンブルスファートが、俺たちの目的がいる。
(つづく)
投稿遅くなりまして申し訳ございません。
今日はここまで
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