表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界安全衛生マニュアル  作者: 九木圭人
選ばれし者
5/10

選ばれし者4

 剣の前に立って辺りを見回す。やはりこれまで同様、人の気配はない。

 剣の刺さった岩の周り、牙のように切り立った岩に囲まれた、水に濡れて苔むした岩場に足を踏み入れると、不思議とそこだけひんやりと冷たく、かつ澄んだ空気が漂っているような気がした。


「これ……抜けるのかな?」

 その剣と岩の姿を見た時に反射的に頭に浮かんだ考え=モンスターがいて、魔法があって、冒険者のいる世界であれば、こういう剣だってある。


「よし……」

 岩場の端に用意されたラックに備え付けられていたヘルメットをかぶる。

「着装ヨシ」

 据え付けられた鏡で顎ひもがしっかり留まっているのを確かめて、剣の刺さった岩場へ。

「っと」

 水に濡れて苔むした岩の手前で足を止める――ちょうどそこに立った時の目線の高さに「転倒注意!」の看板を見つけた。


「あっちか」

 その横にあったグレーチングの上を、据え付けられた手すりを把持して指示に従い剣の向こう側へ。手前側より少し広くなっている場所で、ご丁寧に剣を抜くための位置を黄色と黒の縞模様で囲んだ上に「引き抜き作業場所」との表記まである。

 一段高く、また乾いているその作業場所へ。

「なんか妙に整っているな……」

 まるで工事現場か何かの工場みたいだが、とにかく指示通りの場所に立って剣に手を伸ばす。


「ん……?」

 と、作業を中断。これまた表示に従い周囲をぐるりと見まわす。

「周囲安全確認ヨシ!」

 辺りに作業の妨げになりそうなものも、転倒時にぶつかりそうなものもない。おそらく正面側ではなくこちら側を引き抜き場所に指定しているのも、そういう理由なのだろう。


「で……剣は左右に、ね」

 改めて柄に手をかける。台座のような岩に設けられた説明用のプレート=イラスト付きで「抜けにくい時は左右に揺らしてください」の文字。

 ――岩に刺さった剣を抜くという、昔遊んだRPGなんかにも出てきたそれ。その中で描かれていた姿と比べれば、あまりにも生々しいというか工事現場のようなその注意書きの違和感は大きいが、まあ安全第一ということか。

 とにかく、その指示に従い、少し持ち上げながら左右に小刻みに剣を動かす。

 手元が何度か往復するにしたがって、岩の中にあるのだろう切っ先が少しだけ動くのが手応えでわかる。


「ッ!」

 唐突に、それまであった重量感がなくなる。

 同時にそれまでの抵抗が嘘のように、剣は岩からすっと離れた。

 ――そしてその全体が目に入った時、爆発したような凄まじい光がその刃から放たれて、思わず俺は目を閉じた。




「――聞こえる?」

 視力を奪われたことで聴力が敏感になったのか、耳のすぐ近くで声がする。

 先程まで俺を呼んでいたのと同じ声。落ち着いたトーンの、若い女の声。

「……?」

 ようやく眩んだ眼が元に戻る。

 まだぼやけてはいるが、それでも自分が剣の刺さっていた岩の前に立っていて、それを挟んだ反対側に誰かが立っているというのはなんとなくわかった。

 そしてそのシルエットから、例の声が発せられている。


「ありがとう。君がこの剣を抜いてくれたお陰で、私もこうして体を持つことが出来る」

 何を言っているのやら当然理解など出来ない。

 俺が剣を抜いたから体を持つことが出来る?自分の行動と、その声の言う結果との間の関係が全く理解できない。

「……?」

 その意味不明な発言の主をよく見ようと目を凝らす。何とか視力が回復してきている。


「急にこんなことを言われても何のことだか分からない、と言ったところだろうね」

 向こうも自覚はあったらしい。そう告げる声は俺が藪睨みのように己を見ているということも気にする様子はなさそうだ。

 ――というのも、ようやく回復した視力はその声の主をしっかりと捉えていたから。

 外見は同年代の女性。より正確に言えばまだ少女と呼ぶべきだろうか。

 腰まである白銀の髪の毛と、同色のゆったりした外套。そしてそれによって覆われているその下の、黒いボディースーツのようなものでぴったりと包まれた体。

 そして彼女は、その色白の肌によく映えるダークグレーの瞳で俺に笑いかけながら、すっと右手を伸ばした。


「フォシークリン……君の抜いたその剣の名。そして私はその剣の精霊だ」

「剣の精霊……?」

 耳慣れぬその言葉をオウム返しにしながらも、差し出された手に反射的に応じる。

 握り返した細い指は、心地よい冷たさで俺の手を包んでいた。


「フォシークリンは今よりはるか昔、フィンブルスファートと呼ばれる邪竜が暴れまわった時に生み出された」

 フィンブルスファートという名前はこちらの世界に来てから何度か聞いた名前だ。

 そしてモンスターも魔法も存在するような世界においてですら、その存在はおとぎ話や伝説の類でしかないとする話しか聞いたことがなかった。


「フィンブルスファートは各地に破壊をもたらし、遂にはエルフの大賢者によって封印されたが、遂にとどめを刺すことはできなかった。そこで、もし後の世に封印が破られることがあれば、その時にフィンブルスファートにとどめを刺せるように、と作られたのが君が今抜いた聖剣フォシークリンだ」

 全く信じられない話。

 そもそも俺が聞いた伝説やらおとぎ話やらに、今俺の手の中にある剣の話は一切登場しないのだ。


(つづく)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ