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廃都6

 ともあれ、危機は脱した。

 なら再びスプリガンを追いかけるだけ――そう思って進行方向に目をやり、そこで初めて聖剣の精霊には敵わないレブナント達がしっかりと仕事を果たしていたことを知った。


「クソ!見失ったか!」

 道は少し進んだ先でY字路になっており、そのどちらにもスプリガンの姿は見えない。

 加えて、塔が見えるのはそのY字のちょうど真ん中あたりで、どちらに進んでも一見遠ざかっていく形になるという事。

 つまり、ノーヒントでは勘に頼るしかないという事だ。


「どっちだ?」

「ちょっと待って」

 いうや、リンがその場に屈む。

 そのまま地面に伸ばした手。コンタクトレンズでも落としたかのように冷たい石畳を撫でる手。

「……左にはトラップ。そして右には何もなし」

 数秒後そう言った彼女は、そのそれぞれの道を一瞥してから俺を見る――どっちだと思う?

「そうか……」

 一瞬の考え。あの一瞬では左右どちらにもトラップを設置できない。となれば、自分の逃げる方向にだけトラップを隠しておいて少しでも時間稼ぎをしようとしたのだろう。

「なら、多分左だろうな」

「私もそう思う」

 応じるや、リンは再び手を地面についた。


「ッ!!」

 そして再び生じる白い光の波。

 鉄砲水のように目の前の道を突き進むそれが覆った石畳から、噴火のように黒い煙が勢いよく噴出した。

「あれは!?」

「スプリガンの施した魔力を用いたトラップだ。アレの範囲に入れば、今の様に瘴気が噴出す。普通の人間や生物では、まともに浴びればひとたまりもない」

 だが、こちらには聖剣の精霊がついている。

「頼りにしてます」

「……あ、ああ」

 感心しながら口にしたその言葉は、しかし思っていたのとは異なる反応をもたらした。

 そしてそれが俺の想定した反応ではなかったということは、リン自身も気づいているのだろう。ほんの一瞬だけ申し訳なさそうに表情をゆがめて、それからトラップが一掃された、これまでより少し細い道の先に目をやりながら言葉を続ける。


「……さっき、大量の兵士の幻影を打ち消した時、彼らの正体がわかった」

「正体?」

 小さく頷いたその表情は、これまでで初めて見せる悲しそうなものだった。

「……このシュクシュの町は魔力の使い方を誤った。それによって発生したゴーレムの暴走と、市街地にあふれたモンスターとによって滅びた。そしてそれから長い長い時間が経って、そうした破滅が生み出した彷徨える魂を、やってきたスプリガンが自らの糧にした」

「糧にした?それってつまり――」

 糧。食糧。食べ物。

「奴はそうして、力を蓄え、そして支配した。たくさんの罪のない人間の魂を、幻影の材料や……あのレブナントに作り変えて」

 彼らは決して救われることはない。

 成仏も出来ず彷徨い続けた魂は、スプリガンによってモンスターに変えられてしまった。

 こっちの世界のオカルト話――といっても、モンスターなどというものがいる以上日本にいた時のそれより実用的な意味合いが強いが――が記憶の中に蘇る。レブナントのようにモンスターとなり果てた魂は決して救われることはなく、消滅させてしまう以外にないのだ、と。


 だから、彼らは、シュクシュの町の住民たちは決して救われない。

 そこで初めて、俺はリンが纏っているこれまでと異なる雰囲気も納得できた。

 やっぱり彼女は聖剣なのだ。たとえその標的はフィンブルスファートだったとしても、それでも聖剣というものにイメージされる心を持っている。


「……終わらせよう」

「ああ」

 だから、ただそれだけ。

 そして俺は、この聖剣の勇者と共にトラップが一掃された道を突き進む。

「……ありがとう」

 ぼそりと付け加えられたそれに、どう答えていいのか分からずに、ただ小さく頷くだけ――多分、一礼したかったのだろう。

 だが、その空気はそう長く続かなかった。

 左右に並ぶ建物の隙間に建っているような、区画を区切るアーチを越えてすぐ、その先にあるだろう道が今やガラクタの山と化したかつてのバリケードによって完全に塞がれてしまっていることで。


「これは幻術の類ではなさそうだな……」

 そのバリケードに手をやって分析するリン。

 つまり、あのトラップはブラフだったという訳だ。

「まんまと一杯食わされたな」

「仕方ない。戻ろう」

 小さく肩を竦ませ、ため息まじりに言葉を交わす。

「ああ、さっきの分岐に戻って――」

 言いかけたところで、突然リンが俺を突き飛ばした。


「上だ!!」

 直後に自らも俺の方へと飛び込んだ彼女が叫ぶ。

 反射的に見上げた先=すぐ背後にあったアーチ。

 その頂上からこちらめがけて、二体のレブナントが急降下してくる。

 大したブラフだ。トラップが見つかることを見越し、それによって追跡者=俺たちがこの道が正解だと判断するのも見越した上で、袋小路に追い詰められるところに待ち伏せさせたのだから。


 あのスプリガンめ、この事態を知ったらあの憎らしい顔に満面の笑みを浮かべるだろう。

「ちぃっ!!」

 聖剣を再び抜き放つ。

 感心している場合ではない。こいつらを始末してすぐに戻らなければ。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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