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廃都5

「お見事……」

 思わず声が漏れる。

 スプリガンの生み出した大部隊は、その全てが先程の壁と同様に幻術だったのだろう。

 リンの放った光によってその姿をかき消され、残されたのは何事か口走りながら杖を振り回しているスプリガン本人だけ。


 そして対峙しているリンは、そのスプリガンの姿に怯えるでも動じるでもなく、毅然と言い放った。

「言ったはずだ。お前の幻術ごときで聖剣の精霊たる私を誤魔化せるなどと思うな」

 恐らくだが、先程のヘルハウンドの一件は彼女自身相当痛かったのだろう。

 牙が肉を引き裂き、もしかしたら骨に達していたのかもしれない――精霊の体が人間のそれと同じだと仮定すればだが。

 それまでとは明らかに異なる空気を纏った彼女の言葉に圧せられたように、スプリガンは再び踵を返すと、緩やかな上り坂になっている道を奥へと駆けあがり始めた。


「あっ、待て!」

 反射的にその背中を追って走り出す。

 折角奴の幻術を破ったのだ。見失ってしまう訳にはいかない。先程の考えが正しければ、こいつを追いかけていけばあの塔への道が分かるかもしれないのだ。

 ――だが坂を上り切ったところで、奴が引き裂いたような笑みを浮かべてこちらを振り向いた時、俺は自分が周囲を囲まれていることに初めて気づいた。


「!?」

 いや、そんなはずはない。

 先程リンがかき消した兵士たちの幻以外には俺たちと奴しかいなかったはずだ。

 そして左右に隙間なく並んでいるかつての家々はこれまで見てきたそれらと同じく扉を板で打ち付けられ、窓も隙間なく塞がれていて、石やレンガの壁にも通り抜けられそうな穴はない。

「となると……」

 周囲を一瞥する。

 影が質量を持ったような、真っ黒な人型が、しかし明らかに人間とは異なると分かる異様な長さの両腕をぶらぶらと揺らしながら俺を取り囲もうと動く。

「こいつらも幻か!」

 そのうちの手近な一体を聖剣で斬りつける。

 先程の石壁の幻術同様、剣はその体をすり抜け――そして、何事もなかったかのようにその影はその場に残り続ける。


「なっ――」

 剣がすり抜ける。しかしそこにいる。

 これまでの幻術と反応が違う。

「リヒト!」

 リンが叫びながらこちらに駆けてくる。

「そいつらレブナントだ!!幻術じゃない!!!」

 レブナント――名前だけは聞いたことがあった。実体を持たない極めて厄介なモンスターとして。

「ッ!!!」

 そして実体がないが故に剣も魔法も通常では効果がない。

 その記憶が頭に浮かんだ瞬間、お返しとばかりに正面にいたレブナントの、地面につきそうなぐらい長い腕が大きく左右に広げられた――カマキリのそれのような形状をした先端を俺に突きささんとして。


「くっ!」

 思わず飛び退くが、右腕の袖がスパッと切り裂かれている。こちらの攻撃は通り抜けるくせに向こうは自由に切れるなどと、随分不公平な話だ。

「なら――っ!」

 飛び退くと同時に視界の隅に見えた、追撃を試みるもう一体の、その振りかぶった腕が振り下ろされる瞬間を狙って下から斬り上げる。

「ッ!」

 僅かに手応え。やはり攻撃の瞬間は実体化せざるを得ないようだ。

 だが、それに気づいたとて不利な状況に変わりはない。流石に数が多すぎるし、ダメージを与えたはずの目の前のレブナントは滑るように下がっていき、建物の壁をすり抜けて隠れた。

 そして残った他の個体が、足を止めた俺に一斉に襲い掛かる。


「くうっ!!」

 建物の中に逃れた個体を追いかけるようにして何もない場所に飛び込み、ぎりぎりで攻撃をかわすと、その直前まで俺がいた場所に奴らの腕の先が変形した鎌が一斉に振り下ろされていた。

 三対一。加えて向こうが攻撃を繰り出す瞬間以外にこちらの攻撃は通らない。

「ちぃっ……」

 それを理解してはいるが、それでもゆらゆら揺れながら近づいてくるそいつらに剣を向ける。

 そして次の瞬間、俺は背中に冷たいものを感じた。

 ――幽霊がいる場所は気温が下がるという、何かで聞いたオカルト話がその冷たさで頭に浮かぶ。

 そうだ、連中は三体ではない。見えないだけで、そしてそのインチキ臭いすり抜けで逃げたもう一体がいるのだ。今俺が背中を預けているこの壁のすぐ向こうに。

「ぁ――」

 不意に声が漏れ、視界の左右の隅からまるでスローモーションのように鎌の形をした影が迫ってきていた。


「光よ、邪なる影を払い真実の姿を示せ!!ディバイングリント!!」

 詠唱と同時にリンが俺と正面のレブナント達の間に割って入り、同時に彼女の発した閃光が辺りを包み込む。

 咄嗟に目を閉じていなければ、俺の目もその強烈な閃光で眩んでいたかもしれない。

「今だ!!」

 何とか間に合った遮光。もう一度開いた目の向こうに見えているのは、それまでのぼやけた影ではなく、くっきりと黒いマネキンのような姿で立ち尽くすレブナント達の姿。加えて、いつの間にか背後から迫るそれも消えている。

「光よ、我が敵を射抜け!ファイアボルト!」

 リンが俺とレブナント達の間から飛び離れつつ、置き土産の一発。

 一番左側のレブナントが、本来なら当たらないはずのその火球によってはじけ飛ぶ。


 そしてその姿が、俺に何をするべきかを理解させた。


「今のこいつらは丸裸だ!」

 駄目押しのリンの声。返事の代わりに一番近くにいるレブナントに大きく踏み込んで袈裟懸けに切り下す。

「おおおっ!!」

 気勢と共に放った斬撃は、確かな手応えを俺の両手に伝え、そして真っ二つになったレブナントは、今度こそ石壁の幻術の様に消滅していった。

「シャアアッ!!」

 斬れる。そうと分かれば怖い相手ではない。振り下ろした聖剣を跳ね上げるようにしてすぐ横の一体に斬撃。人間でいえば左腰から右わきの下を寸断する一撃でもって、そのレブナントも強制的に成仏させる。

「さて……」

 振り返った先=先程レブナントが消えた壁。斬れるようになった以上なんとかしてここから引っ張り出したいところだ。

 ――と、その時になって先程まで感じていた冷たさがもうないことを悟る。


「気にしないでいいよ」

 それが何かの錯覚ではないという事を証明するように、リンが俺の肩をポンと叩いた。

「あの壁の中のやつは、もういない」

「えっ?」

「ディバイングリントはレブナントのような実体を持たない、というか物体に干渉しないというモンスターの能力を封じることが出来る魔法だけど、間近でもろに浴びれば怨霊の類には十分な攻撃力となる。あの時、リヒトを襲おうとしていた奴は結果として一番しっかりと光の影響を受けた。魂だけの存在が絶えられない程の力でね」

 つまり、そこいらの怨霊では聖剣の精霊相手には束になっても敵わないという訳だ。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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