山腹の洞窟を抜けて9
その草原の中を、俺たちはまっすぐ進んでいく。
ゴーレムたちと同様に周囲の草によって飲み込まれそうになっている道をまっすぐに、正面に見えている市壁に向かって。
「恐らく、昔はこの辺が農地だったのだろうね」
一面緑の海のようになっている草地を見ながらリンが呟く。
この辺り一面岩肌が続いているような場所に農地を作るなど、並大抵のことではないはずだ。
「彼らは高い魔法技術を持っていた。おそらくだけど、岩だらけのこの辺りに農地を作る上でも、それが役に立ったのだと思うよ。耕したり育てたりする労力はいくらでも確保できただろうしね」
その耕したり育てたりする労力たちのなれの果てを見ながらそう付け足した。
何故この町が滅んでしまったのか、今となってはもう分からない。これほど大量のゴーレムを製造し、使役していたとなると、確かに魔法技術の発達は素晴らしいものだったのだろう。
そんな過去に思いをはせるのは、再び目の前にぴたりと閉ざされた門が現れるまでだった。
「ここが入口のようだが……」
先程のそれと同じか、或いはもっと大きな門。先程と異なり観音開きそのそれは、しかし先程と同様に隙間なくぴたりと閉ざされており、加えて今回は一切こちらら側から開くことのできそうな装置は見当たらない。
「入れそうにないな……」
先程の高台から見下ろした感じでは、壁はぐるりと町を囲んでいるようだった。
どこか他に開いている門があるのか、或いはここまで来て引き返すしかないのか――だが、そのどちらでもない第三の選択肢が目の前に現れた。
「リヒト、あれ」
リンが不意に俺の袖を引っ張り、もう片方の手で指をさす。
閉じられた門の支柱。おそらく見張り台を兼ねているのだろうレンガ造りのそれにはいくつか窓が設けられていて、その足元に一体のゴーレムが膝をつくような姿勢で動かなくなっている。
そのゴーレムの頭の上、背を伸ばせば届きそうな高さに窓が一つ。
「あれ、よじ登れないか」
「……やってみよう」
少しだけ考えて、壁沿いに一周する手間と、間違いなく本来の入り方ではないそれについての手間と危険性を天秤にかけた結果、傾いたのは後者だった。
動かなくなったゴーレムの脚部に足をかけ、それを足掛かりに背中へ。
「いよっと……」
「大丈夫か?落ちないように気を付けて」
背中の乗っかる形で首に手を回し、そのまま肩までよじ登る。
と、その時兜をかぶったような形をしている頭部に、えぐり取られたような跡があるのが目に付いた。
「これは……?」
昔、漫画か何かで見た覚えのある話を思い出す。確かゴーレムは真理という意味のemethという文字を刻まれることで動けるようになるが、その文字を削られて死=methにされると死んでしまう――元々人形なのに死ぬというのもおかしな話だが――というものらしい。
確かにこのゴーレムのえぐり取られた部分も、本来は文字が刻まれていたと思われる線や点がいくつか残っているが、一文字や二文字ではなく全て削り取られている。世界が違えば対処法も異なるのかもしれない。
それはともかく、既に動かなくなっているものの、流石に石をくみ上げた人形だけあって、俺がここまで登ってもびくともしない。
その頭部に足をかけて一気に背伸び。不安定な足場の上でのその姿勢は中々に危なっかしく、窓枠に手をかけた時もよじ登るためというよりもそうすることで体を支えている感覚の方が強かった。
「よし……」
とはいえ、やることは予定通りだ。
壁にくり抜かれたような窓枠をしっかりとつかみ、懸垂するように体を持ち上げつつ足をその窓の下の外壁につける。
「もう少し……ッ!!」
ゴーレムの頭を渾身の力で蹴って跳ねる。もしかしたら文字が丸々削れていたのは過去に誰かがこうやって上ったからかもしれない。
「ふぬっ……ぐうっ!!!」
うまい具合に壁面の欠けた場所につま先を乗せ、上半身を窓枠から中へ。
最後の力を振り絞って、頭から流れ込むようにして真っ暗な中へと体を入れていく。
「よし……よしっ!」
両腕がしっかりと中に入り、わきの下が窓枠を越えたところで得た成功の確信は、決して錯覚ではなかった。
「……」
侵入経路から差し込む日差しと、他の窓からのそれに助けられながら今いる場所に目を凝らす。
レンガ造りの円形の部屋。所々抜け落ちているが、しっかりとした板材の渡された床。その端にある、壁のカーブにそった階段の下が出口=壁の内側であることは、床板の隙間から見える僅かな光が示している。
「周囲に敵もなし……か」
念のため上の階も確かめたが、こちらにも気配はない。
「大丈夫だ。上がってきてくれ」
ゴーレムの横で待っていたリンを呼ぶと、俺の動きを完全に再現するような動きで――その上俺よりも身軽に――ゴーレムの頭までやってきた。
「凄いな……」
「私の方が軽いからね」
こともなげにそういいながらしかし、得意げな表情は隠しきれていなかった。
今しがた通り抜けた窓枠から両手を下ろして、精一杯背伸びするような姿勢の彼女の両手を取る。柔らかくて冷たい感触が、しっかりと俺の手を握っている。
「よ……っと!!」
掛け声とともに引き上げ、彼女の両手が窓枠に届いたところで今度は背中に手を回す。
「よし、上げるぞ」
そしてそのまま、尻もちをつく形で後ろに倒れると、まるで地面から引っこ抜けるかのように彼女の体が窓枠に飛びこむ。
「うわっと!?」
が、勢いがつき過ぎたのだろう。
腰までするりと入りこんだリンの体は、その勢いそのままに俺に覆いかぶさる形になった。
「「……ッ!!」」
一瞬の密着。
間近に見つめ合う瞳。
吐息すら顔にかかり、お互いの鼓動が伝わってくる。
俺のそれがどきりと激しく鳴ったことに気づいているのかいないのか、もぞりと体を起こして離れていく。
「ごめん、ありがとう」
「あ、ああ……」
務めて平静を装う。これからの行き先が床板の隙間から見えているというのは、こういう場合には非常に助かるものだった。
「この下から壁の内側に入れるみたいだ」
同じすき間から、同じく差し込んだ光を見ていたリンが頷く。
その姿を見て俺も頭を切り替える。いよいよここからシュクシュの町の中に突入だ。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




