山腹の洞窟を抜けて8
「で、問題はその魔石パイプなんだが……」
一体どこにあるのやら――そう言いかけて言葉を切る。随分都合のいいことに、外れている方の魔石パイプの更に奥、岩壁に近い位置に一個、立てた状態で放置されている。
「あれだな」
「あれだね」
早速そちらへ。ゲートの開閉に用いるもの故にゲートの近くにあるとは思ったが、思っていたより余程近くて助かった。
――そう思っていたのは、その落ちていた魔力パイプへの20m程度の間だけだった。
「これをあそこにはめ込めばいいのか」
「気を付けて。かなり重量があるはず」
直径40㎝程度、高さ1m程度の円筒形の物体。何かは分からないが金属製のそれに両腕を回すとすぐに気づく。
「ぐっ……!くっ」
ひとりで持ち上げるのは無理がある。
「なんだこれ……」
「本来はシュクシュの住民も自力では上げなかっただろうしね」
そう言ってリンが指さしたのは、2mぐらいありそうな土くれ。長い時間そこにあるのだろう、細かい部分は削れたり崩れたりしているのだろうが、元々は人型をしていたのだろうということは何となく分かる。
「ゴーレムの残骸だ。この魔石パイプを運ぶのだって、使役していたゴーレムにやらせていたのだろう。でなかったらこんな巨大な魔石パイプなんて作らない」
とはいえ、そのゴーレムは、今では言われなければ分からないような不格好なオブジェになってしまっている。
「ま、それが出来ない以上私たちでやるしかないね」
リンもその辺は覚悟の上だ。そう言って肩をすくめると、魔石パイプを挟んで反対側に立ち腰を落とす。
「っと、待った」
「え?」
手を出す前に気づいてよかった。岩壁の前に掲げられた作業手順の看板に目が行く。
一度目の前の重量物から離れて、横に放置されていた台車を転がしてくる。
だいぶ古い代物だが、つくりは丈夫そうで、ガタも来ていない。辺りの硬くて平坦な地面なら、こいつの移動にも困難はないだろう。
「こいつに乗せて運ぼう」
持ってきたそれの先頭部を魔石パイプのすぐ横につけてリンに任せ、俺は再び魔石パイプへ。
「俺が持ち上げたら、その先端を底の下に差し込んでくれ」
「了解した」
「「せーのっ!」」
一気に体重をかけて魔石パイプを持ち上げる。
先程と違い片方だけ持ち上げたそれの下、ぎりぎり台車の車高と同じぐらいまで上がったそこに台車を滑り込ませ、リンが支えているのを確かめてから残った部分を何とか持ち上げる。
「よし……ッ!上がった!上がった!」
「了解!台車上げるぞ!」
前輪でウィリーみたいになっていた台車が水平を取り戻し、それに合わせて魔石パイプが台車の一番前に乗る。後はその上で回転させるようにして座りのいい位置に移動させるだけだ。
「これでよし……っと」
「じゃあ持っていこう」
ごろごろと台車を転がして先程の台まで移動。
魔石パイプの隙間の前で停車すると、台の端に設けられたあおり板のロックを外し、板を180度下に向かせる。
「「せーのっ!」」
それから今度は二人がかりで魔石パイプを移動――台車の上から台に隣接した専用ジャッキまで数十センチの距離。
「よし、上げるぞ」
横倒しの形でジャッキアップ。台と同じ高さになったところで横に転がして台の上へ。
「よし、乗ったぞ」
完全に台に移ったことを確かめてから手元にあるレバーを「挿入」と書かれた方へ引く。
この台の下までレバーからつながった機構が伸びていて、レバーの動きに合わせて台の手前側=今まさに魔石パイプの乗っている一番端の部分が持ち上がり、奥への傾斜によって転がっていく。ご丁寧にパイプ一個分ごとに区切りが設けられており、動き始めたパイプが横にそれることも無い。
そのままガチンと音を立ててパイプが嵌まったらレバーを戻す。上手くできているのが、この傾斜させる機構とセットされた魔石パイプをホールドする爪が連動している点。このおかげで、台が水平に戻っても再度魔石パイプが転がりだす心配がない。
ともあれ、これでセットは完了した。考えが正しければ、これで先程のハンドルが動かせるはずだ。そしてこれもまた考えが正しければ、あのハンドルを回せれば固く閉ざされた鉄の門も開く。
「っと、靴紐……」
その時になって靴紐が緩んでいることに気づく。
転生してから今日までずっと履いているスニーカーだが、ここまでの山登りや戦闘でゆるくなっていたのだろう。
とりあえずあおり板を元に戻してロックをかけてから靴紐に手をやる。
その姿勢のまま顔を上げた先、門の支柱に設けられたハンドルの上のランプが煌々と輝いたことで、俺たちのやったことが間違いではないと直感的に理解した。
「これで門が開けられるはずだ……」
はずだ、と言いながら頭の中では既に確信を持っている。
ハンドルに手を置く。少しだけ力を籠める。
「よし!動いた!」
先程とは全く異なる手応え。長らく放置されていたにも関わらず、ハンドルが自分の意思で回っているかのような滑らかな動き。
そしてこれまた昨日まで動いていたかのように、軋み一つ発せずに巨大な鉄の壁が上へ上へと持ち上がっていく。
「これでいよいよ……」
開いた門の向こう、これまでと打って変わって伸び放題の草が生い茂る草原を一望しながらリンが呟く。
「シュクシュの町だ」
俺もそれに応じて、同じように目の前に広がる草原に目をやる。
高い魔法技術を有し、繁栄していたかつての都市シュクシュ。その痕跡のように、背の高い草原の中には動かなくなったゴーレムたちのなれの果てがいくつも、自然に帰ろうとするかのようにただの土くれとして草の中に飲まれていくままになっていた。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




