選ばれし者3☆
……気になって見に来てみれば、随分しっかりやっちゃいましたね。
まあ、元から猫を見て反射的に道路に飛び出すような危機意識しか持っていないような人でしたし、一つのことに集中すると他が見えなくなるタイプだったのかもしれません。
仕方ない。私がこっちに行くようにした訳ですし、ちょっと面倒見ましょうか。
今回の彼の死因は、剣を抜こうとした際の転倒による後頭部強打。
ではなぜ、このような事態が発生したのか、人的、物的、管理的側面から原因を分析し、どうすれば助かったのかを考えてみましょう。ただ単に蘇らせるだけでは、いずれ再発するでしょうからね。
ではまず、人的要因について。即ち「どういった行動が被災に繋がったのか」という部分です。
彼の今回の行動をまとめると、岩に刺さった剣を発見してそこに向かい、当初引き抜こうとしても上手く抜けなかったため、力を込めて抜こうとした際、急に剣が抜けて、勢い余って転倒。そのまま近くの岩に後頭部を強打した。ということになります。
この一連の動作の中で何が問題だったのか、順を追って見ていきましょう。
まず一つ目ですが、彼はそもそも被災場所=剣を抜こうとした場所の周辺が濡れており、岩が苔むしていることを把握しながら、それによる転倒の危険を予測できなかったという事が挙げられます。
濡れている足場が滑りやすい、というのは誰しもが経験のあることだと思います。ましてやこの岩には苔がむしており、それによっても滑りやすくなっていた。その状況でその場所に足を踏み入れれば足を滑らせるということは、多分彼自身分かっていたでしょう。
ただ本人の周囲が見えなくなりやすい性格と、目の前の剣を抜くことを急いだという二つの点が判断を鈍らせた。それにもしかしたら、苔むした岩の上を歩くという経験がなかったのかもしれません。いずれにせよ「この場所は滑るかもしれない」という危険予測が働かなかったのが原因の一つと言えるでしょう。
次に剣を抜く際に周囲の安全確認を怠ったことが挙げられます。
彼はこの場所が大きな岩に囲まれた場所であると認識しており、即ち転倒した場合そこに頭を打つ可能性は予測できたはずです。
たかが転倒、そう思うかもしれませんが、よく言われる「1mは一命取る」という言葉からも分かるように、たとえ1mの転落ですら死亡事故につながる危険があります。実際、彼は後頭部から転ぶ=その身長分の高さから岩に叩きつけられた訳で、それが死因となっています。
またこれに付随して、保護具を着用していなかったことも死亡という結果を招いたと言えるでしょう。適切な保護具。この場合ヘルメットを着用していれば、最悪の結果は避けられたかもしれません。
そして三つ目、最初に剣が抜けなかった際に、力を入れて無理に引き抜こうとした点です。
「重いと考えて持ち上げた荷物が思いのほか軽かった」という経験は誰でも一度はしたことがあると思いますが、その時に――たとえ転倒まではいかなくとも――多少バランスを崩したり、すっぽ抜けるような妙な感覚に襲われたという経験も、また誰もがしていると思います。
一度引き抜こうとしたものが簡単に動かなかったら、力を入れて再度チャレンジしたくなるのは人の情というものですが、その行動には常に込めた力と同じだけの反作用が発生します。つまり強い力を込めて抜こうとしたものが簡単に抜けてしまえば「思いのほか軽かった荷物」になってしまう訳です。この可能性も、彼が想定していなかったものでしょう。あるいは頭のどこかにはあったのかもしれませんが、その頭のどこかで「今回は大丈夫」「自分は大丈夫」というバイアスと無意識のうちに同居してしまっていたのかもしれません。
さて、では次に物的要因。即ち「道具や設備のどういう状態が災害に繋がったのか」の部分です。これに関しても一つずつ見ていきましょう。
まず、滑りやすい状況が放置されていたことが考えられます。
人的要因の部分でも挙げたように、濡れている苔むした岩の上というのは非常に滑りやすい状態です。人気のない場所では仕方のないことかもしれませんが、もし改善することが出来るのなら、こうした危険な場所を放置するべきではないでしょう。
次に周囲の環境、即ち硬い岩が作業場所を囲んでいるということも問題でした。
何らかの理由により転倒が発生しても、周りにこうしたものがなければ被害を最小に抑えることが出来ます。これもまた、状況を悪化させた原因と言えるでしょう。作業場所の周囲を整理整頓することは、作業効率の向上だけでなく、安全性の向上にもつながります。
そして三つ目、剣が岩から抜けにくくなっていたことも原因と考えてよいでしょう。
これも人的要因の部分で触れたことですが「引き抜こうとしたものが簡単に動かなかったら力を入れて再度チャレンジしたくなる」のが人の情というものです。
スムーズに抜ける形になっていなかったという点は、まさにこうした人間の思想を誘発する状態だったと言えるでしょう。
当たり前ですが、事故を起こすのは人間です。つまり、人間の事故を誘発しかねない状態が放置された道具や設備は安全上の問題があると言えるでしょう。
最後に管理的要因です。これは少し直感的な理解が難しいかもしれませんが、要するに「危険な行動が何故起きたのか、危険な環境が発生・放置されていたのか」という部分です。
今回の場合、まず作業手順が明示されていないというのがこれに該当します。
一口に剣を引き抜くといっても、どこでどうやってやるのか、どういった道具を使うのか、或いは手で作業するのか、上手く抜けない場合はどうするのか――そういった手順の一切を作業者=葉院理人が理解しないまま実行に移してしまったというのが問題です。
もし作業手順を明示していれば、彼が今回のように知らず知らずのうちに危険行動を行い、結果被災するという事態は避けられたかもしれません。
そしてもう一つ、作業場所に危険に対する注意喚起がなされていなかったというのも管理的要因として挙げられるでしょう。
例えば作業場所に「転倒注意」という表示があるだけでも作業者に注意喚起することはできます。
また、周囲の状況を確認して「どこに立って剣を引き抜くべきか」ということが示されていれば、より安全だったと考えられます。
それでは、これらの点を考慮して、より安全な方法・安全な環境で彼にやり直させましょう。それでは、ご安全に!
(つづく)