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異世界安全衛生マニュアル  作者: 九木圭人
山腹の洞窟を抜けて
39/57

山腹の洞窟を抜けて7☆

 それでは今回も再発防止のための原因分析をやっていきましょう。


 今回の死因:落ちてきた重量物による頭部損傷。

 では、今回もその原因を人的、物的、管理的要因の三つの視点から見ていきましょう。


 まずは人的要因。今回のケースでは魔力パイプが転がり落ちることを想定していなかったことが挙げられます。

 以前も触れたかもしれませんが、安全対策においては「積み上げたものは崩れ、球形のものは転がる」という考えが基本になります。


 今回のケースでいえば台に乗せた魔石パイプは、その円筒形故に自分の方へ転がってくるかもしれないという事は十分に想像できたはずです。特に今回の理人さんの場合、魔石パイプを所定の場所へ転がして入れようとしており「魔石パイプは転がる」という点については理解していたはずです。

 にも拘わらず何故一度手を放した魔石パイプからすぐに手を放してしまったのか、これには「自分の方には転がってこないだろう」という意識があったものと思われます。


 台に乗せ、奥に向かって転がしたならもう落ちてくることはない――そう考えたくなるのはおかしなことではありませんが、しかしそうした「多分大丈夫だろう」という考えこそリスクを増大させるという事は、これまで見てきた通りです。

 勿論靴紐がほどけてしまったことに関しては、直ぐに結びなおしたくなる気持ちは分かりますし、ほどけたままにしておくのも転倒の原因となり危険ではあります。


 そして、或いはそれ故にここが落とし穴なのですが、人間は一つの事に集中すると他の事が見えなくなるという特性を持っています。

 これには当然ながら本人の性格や、作業の慣れ・不慣れ、疲労や精神状態なども大きく関与していますが、大前提として「二つ以上の事を同時に気に掛けるのは不可能」という立場に立つ必要があります。

 今回のケースでも、もしかしたら理人さんも「魔石パイプが転がり落ちてくれば無事では済まない」という意識はあったかもしれません。もし仮に誰かから「魔石パイプが頭の上に落ちたらどうなるか」と聞かれれば、二人がかりで持ち上げた彼ならそれがいかに危険か説明できたでしょう。

 ですが、台の上に麻績パイプを乗せたというところで安心してしまい、それきり意識を魔石パイプから自分の靴紐に移してしまった。これこそまさに、大丈夫だと考えて別の事に注意が向いてしまった=「もう大丈夫だろう」というリスクの過小評価の典型的な状況といえます。


 次に物的要因ですが、今回は魔石パイプの落下を防止する設備や道具の不備が挙げられます。

「転がるものを高所に置けば転がり落ちるかもしれない」という危険予測に基づけば、今回の魔石パイプの設置場所や設置方法は作業者側に魔石パイプが転がってくるという状況を想定していなかったと言わざるを得ません。

 魔石パイプの形状を円筒形にしなければならないのであれば、落下防止のために台の端にあおりを設けるだとか、安全に奥まで挿入するための道具や設備を用意するなどの対策は必須だったでしょう。


「元々ゴーレムを使役して作業にあたらせるつもりだったため用意していなかった」と考えることも出来ますが、それであっても物損事故――ゴーレムのそれをそう呼ぶのならですが――防止のためには何らかの安全対策が必要かと思われます。


 また余談ですが、かなり重量のある魔石パイプを台に持ち上げるための設備がないことも、また不備と言えるでしょう。

 構造上、魔石パイプの設置場所を高所にせざるを得ないのであれば、落下防止措置とより安全な荷上げの方法を確立しておく必要があります。


 そしてこの部分が、次の管理的要因にも関わってきます。即ち、重量物の運搬を人力で行う必要がある状況であり、判断力の低下を招きやすかったという点です。

 たった一個の魔石パイプではありますが、それでも人間の気のゆるみというのは決して無視できません。重量物の運搬やその荷上げなどを人力で行わせ、かつ台に乗せるという明確なゴールが設定されている場合、人間の注意がそのゴールに達した時点で途切れるということは、決して珍しい事ではありません。重量物の運搬などの容易にこなせる作業ではない場合「一仕事終えた」という認識は作業者、特に非力な者や慣れていない者にとっては十分あり得るものです。

 熟練から来る油断は勿論ですが、こうした「無事に難所を越えた」という認識を持った時にこそ、油断が生じやすくなるという事は忘れてはいけません。


 加えて、人間が魔石パイプをセットする場合の作業手順が定められていなかった点も、また管理的要因に帰する問題点でしょう。

「作業場所のルールが定められていない」「明確な作業手順がない」という環境では、個人の安全対策にも限界があります。

 今回の場合、例えば作業場所に明確な作業手順の掲示や、重量物の落下についての注意喚起が行われるだけでも効果は上がると思われます。


 それでは、こうした点を考慮して、今回もより安全な方法、安全な環境で彼にやり直させましょう。それでは、ご安全に!


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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