山頂の神殿1
「やったか……?」
思わず漏れた言葉。
それがぬか喜びではないということは、その瞬間に自らが動物ではなく植物であると思い出したように動きを止めて、バタバタと地面に落ちていった周囲の蔦たちで察した。
次いで、真っ二つになったキノコが急速に時間が経ったように萎れて、ただの灰のようになったミイラの中に崩れていく。
「リヒト!やったな!」
その姿と背後からやってきたリンの声に、俺もようやく危機が去ったことをしっかりと理解した。
「どうやら、このキノコが原因だったらしいな」
といっても、もう姿はなくなってしまったが――そう付け加えようとしたが、その時にはリンは俺の横に屈みこむと、真剣な表情で灰の山になったミイラの、キノコがあった辺りに指を突っ込んで何かを探すようにかき回していた。
やがて、目当てのものが見つかったのだろう。ひょいと上げた指先に着いたその灰をしげしげと眺めてから、ぼそりと呟く。
「どうしてこれが……」
よく見ると、彼女の指先には灰にまみれてはいるものの、明らかに異なる質量の何かが乗っている。
それが先程真っ二つにしたキノコの変わり果てた姿だと分かったのと、リンが俺のその理解を悟ったようにこちらにその残骸を見せてきたのは同時だった。
「これはクグツダケといって、強い魔力をため込んだキノコだ。あのマタンゴたちがそうだったように繁殖のために周囲の生物を襲うが、こいつは周囲の植物を自らのため込んだ魔力によって道具のように操り、それで自分より遥かに大きい生物も菌床にするという特徴がある。だけど……この辺りには、というか自然界には存在しないはずだ」
「自然界に存在しない?」
では何故それがこのブロッカ山にあるのか?
「クグツタケはその名の通り周囲の植物を自らの傀儡にして操る。それを目的に古い時代の魔術師が作り上げた代物だ。とはいえ、放っておけばどこまでも勢力を拡大する上に制御不能になるという欠点があって、その製法ごと存在を抹消されたと聞いていたが……」
つまり、その存在しないはずの代物をどこかの誰かがここに植えたという事だ。
では一体誰が?この神殿での俺たちの目的と、鍛冶屋の親父さんの一件とを考えると、どうしても頭の中に浮かび上がってくるのは、あのローブの人物。
「……これも、俺たちを止めるために……?」
「確証は持てないけど……」
どうやらリンも同じ考えを持っているようだ。
「それについては、お答えできます」
「「!?」」
不意に響いた第三者の声に、俺たちの目は一斉に集中した。
クグツタケの宿ったミイラと蔦たち。それがあった場所の奥に数名の神官たちが集まっている。呼び掛けたのは、その先頭にいる白髭の老神官だった。
「よくぞいらした。聖剣フォシークリン。そしてその主」
「ご存じなのですか!?」
その言葉に、リンが反射的に問いかける。
言い終わる前に腰を上げ、そちらに踏み出すほどには驚いている。
対する老神官は深く頷くと、道を開けるように自らの後ろ=高い壁と、そこに設けられたしっかりと閉じられた門を俺たちに見せるようにして続けた。
「詳しくはカプラン大神官からお聞きください。この先、神殿でお待ちです」
どうやら話が早いようだ。
彼らに案内されて門をくぐると、まるで城のような神殿が奥に鎮座していて、その手前には神殿への巡礼者相手の宿屋や店がいくつか並ぶ、ちょっとした集落が形成されていたが、今は店も宿屋も営業している様子はない。
「このところのモンスターの影響で、人も来ず、物資にも不自由する有様でしてな。みなひもじく不安な思いをしておりました」
案内してくれた神官がその前を通り過ぎる際に教えてくれた。
「お二方が通ってきた道の他にもう一つ、麓に通じる道はあるものの、ロマリーの町やその他の集落には距離が遠く、難儀な道でございます」
ですが、お陰様でその苦労も終わりが見えました――そう付け加えて。
そうした静まり返った集落を抜けると、いよいよ神殿の前に到着だ。
神殿の東側にある山頂から更に突き出た岩山から湧き水のような小川が流れ、それが集落と神殿=俗世と聖域とを隔てる境界線のように、一直線にこの山頂の平らな土地を横切っている。
そこにかかる石造りの小さな橋の向こうに神殿の門が、橋を渡った俺たちを迎え入れるように音もなく開くと、案内の神官たちと俺たちとを飲み込み、その背後でこれまた音もなく閉まった。
「大神官はこの奥にいらっしゃいます」
白髭の神官がそう言って、奥まで続く神殿を更に進む。
石造りの神殿の中は静まり返り、特段信仰心に篤い方でもない俺でもここが神聖な場所なのだと直感的に理解できるような厳かな空気に満ちていて、思わず背筋が伸びる。
恐らくそこが神殿の大広間とでも呼ぶべき場所なのだろう、広々とした部屋を通り過ぎ、左右に一定間隔に並んだ石造りの神像――なんとなくこちらに転生した時の女性に似ている気がする――の間を抜けた先、満々と水をたたえた堀に囲まれた場所にいるのが大神官と呼ばれる人物なのだろうというのは、ここまで案内してくれた白髭の神官のそれよりも更に立派な白髭と、その髭が溶け込むような純白の装束が物語っていた。
「ようこそいらした」
その大神官が、本来なら恐らく部外者が入っていい場所ではないのだろう、その部屋に俺たちを招き入れてくれる。
近くで見ると驚くほど小柄で、子供のような背丈でしかないが、決してその体つきで判断していい相手ではないという空気が漂っている。
「まずは、ここまでご無事で何より。私がこの神殿を預かっておるカプランといいます。お二方がやってくることは、聖剣が抜かれたというお告げと共に分かっておりました」
そういうと、深いしわの刻まれたその奥の目が、しっかりと俺たちを見据えた。
「単刀直入に申し上げよう。邪竜フィンブルスファートの復活は間近に迫っております。最早一刻の猶予もありません」
(つづく)
投稿遅くなりまして申し訳ございません。
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