山登り6
「ッ!!リヒト、離れて!!」
見間違いではない。そう理解した瞬間、背後からの叫び声に体が反応して飛び下がる。
――その直前まで俺がいた場所に、むき出しの土を吹き飛ばしながら無数の蔦が飛び出してきた。
「なっ――」
同様の光景が辺りに再現され続ける。
人間の胴体ぐらいありそうな太い蔦。それが何本も地面を突き破って、蛇が鎌首をもたげるように俺たちにその先端を向けてくる。
「こいつら――」
言葉は最後まで言い終わらなかった。
それよりも、こちらに狙いを定めた蔦がハエ叩きのように叩きつけてくる方が速い。
「くっ!!」
咄嗟に飛びのいて攻撃をかわす。鞘に収まった状態でも剣の加護は有効らしい。
更に襲い来るもう一本の蔦を同様に紙一重で躱すと、すれ違いざまに伸びきったその蔦へ抜き打ちの一撃を叩き込む。
「はあっ!」
太い蔦。しかし、力を得た聖剣はほとんど抵抗なくその人体程の直径を切断する。
「後ろ!!」
「くっ!」
リンの叫び、同時に振り向いたすぐ目の前を掠めていく蔦。
一本切断したところで蔦はまだ何本も存在する。
「なら――」
これらの蔦全てを切断してしまうまで――その考えに至った瞬間、まるでこちらの考えを読んだかのように、リンが叫ぶ。
「気を付けて!こいつら本体じゃない!」
恐らく、どこかに花のモンスターでもいて、この蔦たちを操っているのだろう――その言葉に頭の中に浮かんだそのイメージは、しかし即座に打ち消された。
「この植物……一切魔力を感じない。誰かが、別の誰かが操っている!」
「なっ――」
つまり、今こうして俺たちを狙って暴れまわっている蔦たちはただの植物だということ。
「そんなこと出来るのか!?」
その蔦の一本を躱し――同時に切り捨てて叫び返す。
「恐らく魔力を注ぎ込み続けて自分の体の一部みたいに操っているはずだ!!」
リンが叫びそれから彼女もまた間一髪蔦の攻撃をかわす。
「出所を叩かない限り、この辺りの蔦全てを相手にし続けることになる!」
それに同意するように飛んでくる蔦を再度切り落とす。
だが、周囲にそれと分かるような相手はどこにもいない。
「どこだ……!」
襲い来る蔦を切り落とし、同時に周囲を確認。だが、向かってくる蔦の他に見えるものはなにもない。
「くっ!リン!どこに――」
言いかけたところで左右から襲い来る蔦を地に伏せるようにして回避。直後飛び上がるように右側の蔦を切り落とす。
「……ッ!見えた」
再度襲来する左側をいなしたところでリンの声。
「あのミイラだ!あの中から強い魔力を感じる!」
今度こそこちらを捉えんと三度目の攻撃を試みた左側の蔦を、その出端をくじいて切り捨て、彼女の言った魔力の出処=先程の僧服のミイラの方へと目を向ける。
奴は今や宙に浮いていた。といっても自力で、ではない。周囲を埋め尽くす大量の蔦に抱えられるようにして、その口や耳だった場所の穴からはそれぞれの大きさにあった蔦が飛び出している。
俺が覗き込み、その奥に何かうごめくものを見た眼窩もまた例外ではない。最早蔦の一部のようになった奴は、そのまま蔦の中に埋もれてしまいそうだ。
「あれが……?」
「あれの中だ!蔦がそいつを取り囲んで守ろうとしている!」
確かに、そう言われてみればそういう風にも見える。
ただのミイラであれば、わざわざ蔦がそれを残したまま戦うのもおかしな話だろう。
「あの中だな!」
なら一か八か、やってみるしかない――覚悟を一瞬で決められたのも、剣の加護によるものなのかもしれない。
「剣をミイラに突っ込んで意識をその中に集中するんだ!剣の力を奴の中に流し込む!」
当の剣の精霊の言葉が、飛びかかる俺の背中を押す。
――そして、それが何かやましいところを突く行動であるかのように、無数の蔦はミイラを守るように俺の前に立ちはだかる。
「ッ!!」
壁になり、同時に襲い掛かるそれらを躱し、或いは切り捨てて突進する。
「おおおっ!!」
振りぬかれた蔦を飛び越え、突き出された蔦をいなし、ミイラにまであと少し――そこで、地面を突き破って飛び出してきた新たな蔦が俺の視界を塞いだ。
「ちぃっ!!」
あと少し反応が遅ければ、恐らく俺の体はあのミイラと同様蔦に絡めとられていただろう。
すんでのところでそれを免れ、同時に剣の纏った光が脈動する。
その光の波が俺の体にまで及び、そしてそれに弾き出されるようにして、俺は飛んだ。
「うおおっ!!!」
突き上げる蔦の動きに合わせるような跳躍。旋回しトップアタックを仕掛けようとする蔦の、準備動作のためにしなって出来た曲線を足場にして、更に上へ。
トスを上げられたバレーボールの如く、俺の体は宙に浮いた――件のミイラの直上に。
「はああああっ!!」
そしてそれを意識した瞬間、聖剣の切っ先を先頭にして、俺の体は急降下を開始する。
迎撃に上がる他の蔦も、全て俺を捉えることは出来ずに空を切り、虚空を貫く。
「ッ!!!」
そしてそれらと紙一重にすれ違うようにして、俺はミイラに向かって落ちるとボロボロのそのミイラの中に深々と剣を突き立てた。
加えて、リンの言葉通りその刃に意識を集中する。ミイラの中に沈み込んだ聖剣。頭の中に浮かび上がった剣の、その切っ先まで。
瞬間、剣が纏っているあの光が先程の跳躍の時の様に波打つ姿が、極めて明確なビジョンとして頭の中に流れ込む。
「ッ!!?」
それと同時に現れる光の波――頭の中と現実の完全な一致。
そしてその光の波が、衝撃波のようにミイラの上半身を消し飛ばす。
「それだ!!そいつを斬って!」
同時に背後からリンの声。
塵が風に舞うように消えていったミイラの腰の辺り、血の様に赤い傘をもった、マタンゴの相似形のようなキノコが、その傘と同色の胞子の霧に包まれている。
「おおっ!!」
その傘に、再度剣を振り下ろす。
ミイラと同様、全く抵抗なくその傘が割れて石突まで真っ二つにしたのと同時に、俺を狙っていた全ての蔦が動きを止めた。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




