山登り5
山頂を二分するような断崖絶壁。その間にかかる橋は、半分の所で垂直に天を仰いでいる。
これが麓で衛兵が言っていた跳ね橋なのだろう。たもとに設けられた操作台のある掘っ立て小屋に立って反対側を見てみると、鏡映しのように対岸にも同じものがある。
恐らくこの両岸の動きは連動しているのだろうというのは、何となく分かる。何故こんなところに跳ね橋が必要なのかは分からないが、あのマタンゴたちの増殖を見れば、対岸の更に向こうに見える神殿を守るためには有効に機能しているのかもしれない。
「で、これを下ろさなきゃいけない、と」
操作台に取り付けられた巨大なハンドルを確認。ご丁寧にどちらに回せば下がるのかまで銘板をとりつけて説明してくれている。
「なら、早速動かしてみよう」
いうや、リンがそのハンドルに手をかける。見たところ何もロックなどはされているようには見えない。通行に必要なら誰でも動かしていいのだろう。
「よっ……と、結構重いね」
体重をかけるようにしてハンドルを動かすリン。ハンドルはしばらく触られていないのか、しばらくはうんともすんとも言わなかったが、唐突にゴトンと音を立てて回り始めた――ただし一周だけ。
跳ね橋は少しだけ谷側に傾き、それきり動かなくなってしまった。
「あれ?おかしいな……」
再度体重をかけるリン。しかし今度は一向に動こうとしない。
跳ね橋の方を見ると、彼女がハンドルに渾身の力をかける度にほんの少しだけ動くが、何かにぶつかったように跳ね返って止まってしまう。
直感:何か引っかかっている。
「下に何かあるのか……ちょっと見てくるよ」
彼女にそれだけ告げると、ご丁寧に掘っ立て小屋の壁に掛けられていた太い縄と、同じ素材で作られたハーネスをもって外に出た。
そのまま橋の横まで移動し、しっかりした二本の木の幹に太い縄を縛り付け、そこに着用したハーネスから伸びている命綱の先端に取り付けられたカラビナを繋ぐ。
これも聖剣の加護なのかは分からないが、初めての作業なのに随分スムーズに体が動いた。
「これでよし……と」
命綱が背中側に回っていることを確認して橋の下へ。
このハーネスと親綱と同様に恐らく初めからこの事態を想定していたのだろう、橋の下にはメンテナンス用と思われる通路が確保されていて、頭を下げればそこに入りこめるようになっている。
そしてそれから見ても明らかにわかるサイズの太い木の枝が、橋の真下に引っかかって巻き込まれていた。
その枝を取り除くためにメンテナンス通路へ。メンテナンス通路の入口にはここでの作業中に橋が下りてきて作業員を挟まないためにだろう、牙の様に長い杭が伸びていて、通常時は通路の地面に対して平行になっているそれを垂直に立てなければ通路内に入れない構造をしている。
その杭を立てて橋の下へ。引っかかっていた枝は、少し左右に動かすだけで簡単に抜き取ることが出来た。
「これでよし……」
除去を確認してきた道を戻り、橋の降下防止の杭を横倒しに戻すと、橋のたもとまで戻り、操作台のリンに合図。
「っと」
もう一つ、小さな枝が挟まっているのが見えたのは、ちょうどその時だった。
「待った。待った!動作中止!」
リンに大声で叫び手でも合図。
それに気づいたのか、リンが運転台を離れる――操作禁止の表示を操作台に掛けておくことを忘れない。俺たちの他に人はいないだろうが、念のためだ。
「どうしたリヒト」
「済まん。もう一つ枝を見つけた。それも取ってくる」
「了解だ。よろしく頼む」
という訳で来た道を戻り、再度杭を立てて橋の下へ。やはり簡単に取り除ける。
抜き取った枝を捨て、改めて橋の下を確認。今度こそ動作に干渉しそうなものは何もない。
「よし。今度こそ大丈夫だ」
再度橋のたもとに戻ってハーネスを外し、そこで待っていたリンに伝えると、彼女は再度運転台に戻る。
「動かすぞ!」
「了解だ。やってくれ!」
返事をし、両腕で丸をつくって合図する。
直後、跳ね橋からガクンと音がして、垂直に起き上がっていたそれがゆっくりとしたペースで谷に向かって倒れていく。
対岸からも同様に倒れてきたもう半分と、水平になったところでピタリと合わさる。これで向こうに渡ることが出来る。
「これでよし……」
「あそこに見えるのが神殿だな。行こう」
リンが対岸に広がる森の向こう、少し先の壁の向こうに見える尖塔の頂上を指さしてそういうと、跳ね橋に第一歩を踏み出す。
俺たち二人が乗ってもびくともしないその橋を渡り終えると、向こう側に見えたのは先程までと同じような森。
「……いや」
似てはいるが同じではない。
木々は鬱蒼と生えそろっているが、それまでよりも薄暗い。それも、木々の枝葉によって空が遮られているから――ではない。
沢山の木々の間に張り巡らされたような、無数の蔦。
人間の胴体程ありそうなものから、糸のような細いものまで様々なそれらが、複雑に絡み合いながら木々の間を縦横無尽に伸びていて、それが森の中全体に薄暗い印象を与えている。
「……なんだか気味が悪いね」
その光景にリンが抱いた感想は俺と同じようだ。
薄暗く、不気味な程に静かな森。
その中を早く抜けようと、自然と足早になっていく。
やがて薄暗い森の中の小道は唐突に開けた。
元々この辺も山頂の神殿やその周囲の集落の一部だったのだろう。ボロボロになって崩れかけているとはいえ、かつては石壁だったのだろうと思われる残骸が立ち並び、その向こうの広場のような場所には途中で折れてなくなっているもののかつては石柱だったと思われる残骸が未だに残っている。
――そしてその一番奥、崩れかけた石壁にもたれかかるようにして動かなくなっている、ボロボロの僧服姿の人物。
「大丈夫ですか!?」
咄嗟に声をかけて駆け寄る。
だが、近寄ってみて初めて、それがあまりにも遅すぎたことを知った。
「これ……」
身にまとっている――というよりなくならずに残っている僧服の下は、それよりも更にボロボロに崩れかけたミイラ。
「どうやら、昔ここで行き倒れたようだね」
俺の背後でリンがそう結論付けた。
まあ、それではどうしようもない――そう思って屈みこんでいた体を起こし、その瞬間にただの空洞と化している眼窩の奥に何かが見えた。
(つづく)
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