山登り3!
「やったか……?」
閃光が消え、熱風が頬を撫でる。
火球が炸裂した辺りにあった黄土色の霧はきれいに消え去り、周囲には焼き払われたマタンゴの一団が倒れ伏していた。
倒れたマタンゴたちからは胞子の霧は立ち上っていない。外傷を与えなければ胞子が出ないのか、吐き出した瞬間に焼き払われたのかは分からないが、とにかく助かった。
「……ナイス」
思わず声が漏れる。先程のゴブリンたちの足を止めた一発といい、昨日までとは明らかに威力が異なる。
「やっぱりあの親父さんは腕利きだね。力が溢れて来るよ」
やはり、剣の状態が彼女の能力に影響するようだ。となれば、これは心強い。
その新たな力を得た剣を、残るマタンゴたちに向ける。流石に今の攻撃で、連中も危険と判断したのか、ゾンビの様に両腕を突き出しての突進をやめ、遠巻きにこちらの様子をうかがっている。
つまり、手は出してこないが、まだ諦めてもいないという訳だ。
「なら……」
一番近くにいるマタンゴに剣を向け、少しずつ距離を詰めていく。
俺たちを中心にした円を維持したまま、連中はのたのたと動く。
「……ッ」
距離が詰まった。流石に逃げられないと判断したか、そのマタンゴが飛びかかってくる。
その攻撃をすり抜け、すれ違いざまに斬り捨てる。
再び胞子が舞うが、聖剣の加護を受けた体はその頃には既に奴のそばから飛び下がって、別のマタンゴに斬りつけている。
反応も出来ないマタンゴを倒し、更にもう一体のマタンゴに剣を向けると、そこでようやく連中も撤退の判断を下したようだった。
「退いたか……」
のたのたと短い手足を振り回して木々の向こうに消えていくマタンゴたち。繁殖が目的の襲撃で全滅させられてしまってはたまらないという事だろう。
「そのようだね。今のうちに進もう」
胞子を避けてやってきたリンもそれを認めて俺たちは更に山頂の森を進む。
途中にあった道案内を兼ねた案山子が大量のキノコに浸食されているのを見つけ、どうもこの辺りは既に連中の縄張りになりつつあるのだと悟る。モンスターが現れるようになって巡礼者が絶えてしまったからか、或いはこうなったから巡礼者が絶えたのか。
「……この辺は、山頂の住民の生活道路でもあるはずだよね」
その姿を見ながら、リンが顎に手をやって考える。
「こんなになるまで放置しないとも思うけど……」
言われてみればそうだ。山頂には神殿の他に、巡礼者などを相手にした店舗や宿などを備えた小規模な集落がある。そこの住民も加えれば、必ずこの通路は必要となるはずだ。他の道もあるだろうとはいえ、この辺りでは栄えているロマリーの町に近いこの道をこの状態で放置しているとは、普通なら考えにくい。
「……つまり、なんらかの放置せざるを得ない理由がある、ということか」
「まあ、分からないけど。気を付けていった方がいいだろうね」
その答えに達してからすぐ、この道が使われていないことを重ねて示すような光景が目の前に現れた。
山頂を二分するような断崖絶壁。その間にかかる橋は、半分の所で垂直に天を仰いでいる。
これが麓で衛兵が言っていた跳ね橋なのだろう。たもとに設けられた操作台のある掘っ立て小屋に立って反対側を見てみると、鏡映しのように対岸にも同じものがある。
恐らくこの両岸の動きは連動しているのだろうというのは、何となく分かる。何故こんなところに跳ね橋が必要なのかは分からないが、あのマタンゴたちの増殖を見れば、対岸の更に向こうに見える神殿を守るためには有効に機能しているのかもしれない。
「で、これを下ろさなきゃいけない、と」
操作台に取り付けられた巨大なハンドルを確認。ご丁寧にどちらに回せば下がるのかまで銘板をとりつけて説明してくれている。
「なら、早速動かしてみよう」
いうや、リンがそのハンドルに手をかける。見たところ何もロックなどはされているようには見えない。通行に必要なら誰でも動かしていいのだろう。
「よっ……と、結構重いね」
体重をかけるようにしてハンドルを動かすリン。ハンドルはしばらく触られていないのか、しばらくはうんともすんとも言わなかったが、唐突にゴトンと音を立てて回り始めた――ただし一周だけ。
跳ね橋は少しだけ谷側に傾き、それきり動かなくなってしまった。
「あれ?おかしいな……」
再度体重をかけるリン。しかし今度は一向に動こうとしない。
跳ね橋の方を見ると、彼女がハンドルに渾身の力をかける度にほんの少しだけ動くが、何かにぶつかったように跳ね返って止まってしまう。
直感:何か引っかかっている。
「下に何かあるのか……ちょっと見てくるよ」
彼女にそれだけ告げると、ご丁寧に掘っ立て小屋の壁に掛けられていた太い縄と、同じ素材で作られたハーネスをもって外に出た。
そのまま橋の横まで移動し、しっかりした二本の木の幹に太い縄を縛り付け、そこに着用したハーネスから伸びている命綱の先端に取り付けられたカラビナを繋ぐ。
これも聖剣の加護なのかは分からないが、初めての作業なのに随分スムーズに体が動いた。
「これでよし……と」
命綱が背中側に回っていることを確認して橋の下へ。
このハーネスと親綱と同様に恐らく初めからこの事態を想定していたのだろう、橋の下にはメンテナンス用と思われる通路が確保されていて、頭を下げればそこに入りこめるようになっている。
そしてそれから見ても明らかにわかるサイズの太い木の枝が、橋の真下に引っかかって巻き込まれていた。
「これか」
それを引っ掴むと、少しゆすってみる。
どうやらそれほどしっかり固定されている訳ではない。何の都合か分からないがたまたま入ってしまったのだろう。
それを引き抜いて崖下に捨てると、命綱を手繰るようにして外へ。カラビナを外して掘っ立て小屋にいるリンの方を見て合図を送る――と同時に、それまで見えなかったもう一本橋の下に刺さっている枝を見つけた。
先程より細いが、あれも取り除いておいた方がいいだろう。
「よっと……」
もう一度橋の下へ。先程のものは抵抗なく抜けたことだし、今回はそれより小さい枝だ。多分すぐ抜けるだろうし、もう一度カラビナを繋ぎなおすのも手間だ。
その判断は間違っていなかった。枝は簡単に抜けて、今度こそ橋の動作の障害になるものは見られない。
「よし、今度こそ――」
そう口走った瞬間、かすかに声が聞こえた気がした。
「……ヒト……リヒト?どこに……もう動か……いいのか?」
リンの声。彼女は恐らくまだ操作台にいる。
「動かすぞ」
その声と同時に、がくんと橋が音を立てた。
「あっ、おい!待て――」
声を上げたのはその一瞬。
あとは何も続かなかった。
ほぼ垂直状態だった橋が上から降りてくる――俺を押しつぶすように。
反射的に頭を下げたが、間に合わず降りてきたそれが俺の頭を打った。
「ぐっ!!?」
その質量に思わずたたらを踏む。
「!!」
悪い事というのは続く時は続くものらしい。降りてきた橋のどこかの部品だろう、下側に突き出た何かが、バランスを崩している俺にぶつかった――すぐ真横が断崖絶壁のこの状態で。
「あっ――」
その声が誰かに聞こえたのかは分からない。
気が付いた時には、何の支えもない俺の体は、橋に弾き出されるようにして崖を真っ逆さまに落下していった。
(つづく)
投稿遅くなりまして申し訳ございません
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