山登り2
「来るぞ……」
立ち上がり、立てかけていた聖剣を鞘ごと引っ掴む。
向かってくる三体から目を離さずに抜くと、辺りに目をやる。
後方は崖。ちょうど今いるこの場所が踊り場のようになっていて、ここまで歩いてきた坂はゴブリンたちが向かってくる進行方向と同じ向きにある。
「……ッ」
迎え撃つように俺も前進。ゴブリン共が降りてくる坂のたもとで待ち受ける。
望んだわけではないが背水の陣だ。少しでも下がれば死ぬ。
そして同時に、向かってくる相手に対して馬鹿正直に待ち受けるのも危険だ――そこに至ったのと同時に、背後で声。
「光よ、我が敵を射抜け!ファイアボルト!」
俺のすぐ横を火球が掠め、突っ込んでくるゴブリンに対し一直線に飛んでいく。
「ギャッ!!」
火球はゴブリンたちのすぐ前に落ちると、それまでの何倍ものサイズまで巨大に炸裂した。
「ッ!」
「今だ!」
味方であるはずの俺ですら驚いて竦むのを、リンの叫び声が再起動させる。
そうだ。今の一発でゴブリンたちは止まった。突進の勢いを殺がれ、驚いて足を止めた――つまり、今やただの烏合の衆。
「シャァッ!」
そして聖剣の加護を受けた今の俺なら、その足の止まったゴブリンの集団を相手にするのは造作もない。上り坂を駆け上がりながら、下り坂を駆け下りるかの如きスピードで、足には平地よりも負担がない。
剣を振りかぶって突入。浮足立っている一番近い一体に斬りつけると、即座に剣を返してその隣へ。
「ギッ!!?」
何が起きたか分からない――そう書いてあるような顔のまま倒れるゴブリンを踏み越え、一番後ろにいた最後の一体に剣を振り下ろす。
「ギギャ!!」
三体目も難なく下して周囲を確認。他に敵はいないようだ。
「流石だな」
追いついたリンにそう言われて、改めて剣を見る。
完全な力を引きだせていないとはいえ、青白い光を纏う剣は、それまでより一層鮮やかな光を放ち、その重さすら一切感じさせない。
「流石なのはフォシークリンだ」
その正直な感想に、その精霊は小さく頷いた。
「今朝からすこぶる体が軽いんだ。やはりあの鍛冶屋は素晴らしい腕前だった」
そう鍛冶屋の親父さんを称えながら、しかし自らの剣――そう呼ぶのが適切かどうかは知らないが便宜上――即ち本体を褒められたことは満更ではないと、その平静を保とうとしている表情が物語っていた。
その性能向上が誇らしいのは俺も同じだ。昨日は人食いガザミやデュラハンなど、聖剣の刃をもってしても簡単には倒せない相手とも遭遇したのだ。戦闘経験自体が一昨日から始まるだけの俺からすれば、剣の力が強まるのは願ってもないことだ。
そのフォシークリンを携えて更に先へ。
茶褐色の荒涼とした山道は、山体に巻き付くように続いていて、ぐるりと一周したと思われる頃になってようやくその頂上の姿が見えてきた。
「この辺りからまた森になっているね」
その頂上付近、下から見上げていた時と同様に、茶色の斜面とは異なり麓から移植したかのような木々が生い茂っている。
「……気を付けて。モンスターの気配がする」
その山頂の森に足を踏み入れてすぐに、リンが俺に告げた。
そしてその言葉がただの注意喚起だけではなかったというのは、直ぐにはっきりした――木々の合間からのそり、のそりとこちらに歩み寄ってくるいくつもの影によって。
「来たな……」
再度剣を抜く。その刃の光の向こう、こちらに近寄ってくるのは、人間ぐらいありそうなキノコ。
「マタンゴか」
ふらふらと、千鳥足のような歩き方だが、油断はできない。こいつらは通常のいくつかのキノコと同様に群生する。即ち――ちょうど今俺たちを囲んでいるように――多数をもってその群生地帯に入りこんだ相手を取り囲むことが出来る。
「どうする?」
「逃がしてくれそうもないし……、何より先に進まなきゃならない」
リンの言う通り、マタンゴは獲物が縄張りに入れば外に出るまで、というよりも自らの移動できる範囲から出るまで追い続ける習性がある。
彼らは見た目の通りキノコであり、外敵への攻撃は排除ではなく繁殖を意味している。
即ち、俺たちを次の菌床がわりにするために襲ってくるのだ。
「じゃあ……」
やることは決まっている。
そして、その判断を下した時、一番近くにいたマタンゴの千鳥足が突然スピードを上げた。
「ッ!!」
身をかわしつつ抜き打ちの一撃。
剣の加護によって身軽に動く体は、ゾンビのように掴みかかろうとするその攻撃をかわすと同時に横薙ぎ一閃にその巨大なキノコを切断した。
ほとんど抵抗なく、刃が奴の繊維状の体を切り裂いていく。
文字通り皮一枚のような状態で倒れていくマタンゴ。その傷口から、噴火するように大量の胞子が飛散する。
「下がってリヒト!その胞子は毒がある!」
「ちっ……」
リンの声に飛び下がり、同時にもう一体のマタンゴが飛びかかってくるのを逆袈裟切りに斬り上げる。
直後に吹き付ける胞子。霧のように辺りに広がる黄土色。
「クソッ!」
咄嗟に息を止めて再度飛び下がる。その黄土色の中を、一切ものともせずに突撃してくる他のマタンゴたち。
辺りは森。即ち、そうそう動き回れる訳ではない。
そしてその中では、あの胞子に全く触れずに戦うのは不可能だ。
「ちぃっ!」
それを知ってか知らずか、マタンゴたちは勢いづいて突っ込んでくる。一体ずつの動きはゴブリンより遅くとも、その数と厄介な置き土産の性質を考えればゴブリンの方がまだましだ。
「下がって!」
「えっ!?」
その中で、突然響いたリンの声。
何をするつもりか分からないが、ファイアボルトの構えを取った彼女の姿が振り向いた視界に入ってきて、即座にそれに従う。
「光よ、我が敵を射抜け!ファイアボルト!」
俺が射線から出た直後、彼女の詠唱と共に放たれた火球は、これまでのような直線的な軌道ではなく、山なりのそれで、胞子の黄土色の霧の中へと落ちていく。
「ッ!!」
そして、それを見送った俺の目の前で、火球が閃光に変わった。
先程ゴブリンたちの足を止めた時の様に炎が炸裂して辺りを包み込み、周囲を一斉に焼き払う――黄土色の胞子の霧と、その中を突き進んできたマタンゴたちを巻き込んで。
(つづく)
このところ投稿時間が安定せず申し訳ありません
今日はここまで
続きは明日に




