山登り1
ロマリー東側の門から出てすぐ、街道が二つに分岐していた。
左手に伸びるのは遠く魔法都市ブリシュナまで通じている道で、そちらに向かう人間も数は多い。
対してまっすぐに伸びている道の終点は遠くの王都だ。そして、こちらの方が更に行きかう人が多い。
その王都に通じる道へ、俺たちも足を向ける。
同じような冒険者の集団もいくつか見られるその道を、そうした連中と共に歩くことしばらく、もう一度現れた分岐では、より極端に方向が割れた。
ほぼ全員が右に伸びている分岐を素通りし、そのまま真っすぐに進む。
そしてその稀有な例外となった俺たちは、道端に立てられた「ブロッカ山→」という表記と、その方向に進んでいる緩やかな上り坂を見比べた。
「ここだな」
「ああ。いよいよだ」
ブロッカ山はそこまで高い山ではない。今も身に着けているロマリーに至るまでの旅装で十分だろう。何もなければ昼までには山頂の神殿にたどり着くはずだ。
問題は、最近現れるようになったというモンスターだ。
「モンスターが出るって話だ。警戒して進もう」
半分ぐらい自分に言い聞かせるようにそう言って、俺はその上り坂を進み始めた。
山というよりも森の中の坂を上っていくことしばらく、辺りにはモンスターの気配はなく、幸いなことに天候も穏やかだ。
まるでハイキング――そんな考えが頭に浮かび、直後に油断するなと別の声がする。だが、どうしてもこののどかな風景はその感想を抱かずにいられない。
やがて、周囲にそびえていた木々が見下ろせるぐらいの高さまで進んだ所で、道路上に柵と山小屋のような建物、そしてその前に屯するロマリーの衛兵たちの姿が現れた。
「ブロッカ山に登る人間を見たのは久しぶりだよ」
どうやらここで入山者を捌いているようだ。神殿を目指す巡礼者が度々現れるという話だったが、それもモンスターが現れるようになって廃れてしまったらしい。
「最近はこの辺にもモンスターが出るようになった。気を付けて行けよ。ああそれと――」
俺のギルド証の確認と二人分の通行料――この場合は入山料か――を徴収して道を開けてくれた衛兵が、そう言って、それから思い出したように付け足す。
「山頂は森になっているんだが、最近そこに通じる跳ね橋が上げられたままだ。動かせるようになっているはずだから、通るならそこを動かして渡ってくれ」
言われて、彼の指さす山頂方向に目を向ける。
ここからでも山頂には小さく神殿の屋根が見えているが、確かにその周囲をぐるりと囲むように森が広がり、更には谷というか、尾根にできた切れ込みのような場所も確かに見える。その周囲が切り立った崖のようになっていることから、恐らくあそこに件の跳ね橋があるのだろう。
衛兵たちに見送られて更に先へ。そのあたりから高い木々がなくなり、黒っぽい地面も地徐々に赤茶けたものに変わりつつある。
「はっ……はっ……」
まだ酸素が薄いなんてことになるような高さではないのだろうが、それでも坂道を上り続ければ息は上がる。
「大丈夫かリヒト」
「ああ……大丈夫だ」
答えながらリンの方に目をやると、彼女もまた汗ばんで、上に羽織っている白い外套をばさばさと動かしては風を送り込んでいる。日の光を浴びたそれが、彼女の白銀の髪の毛と共にキラキラと輝いていた。
「……少し休むか?」
正直なところ、俺もそうしたい気分だ。
目線を向けた進行方向。坂の折り返しのような場所の崖っぷちに、一本見事な松が生えているのが見える。とりあえずあの松を目印に進んで、あの辺りで休憩してもいいかもしれない。
「ああ、そうだね。そうしよう」
先程の問いには大丈夫と答えたが、その提案を呑んでくれたことを内心感謝するぐらいには疲労を感じているのもまた事実だ。
「あの辺りまで行って休もう」
その一言を声に出すことで、自分に鞭をくれるように体が動いた。
目指す休憩場所は、実際に到着してみると確かにその用途に向いていそうな場所だった。
崖っぷちに立つ松の辺りからの見晴らしは素晴らしく、遮るもののない視界はロマリーの町とその向こうのローデリス山、そして俺たちが通ってきたその裾野の旧街道まで見渡せる。
加えて、崖下から吹いてくる涼しい風が、熱を持った体を心地よく撫でて、リンもそれを浴びるために外套を脱いで素肌をさらし、癖のない長髪を風になびかせている。
「気持ちいい……」
手足を伸ばして風を一身に受ける彼女の横で、それこそしないが同じように風に涼み、ほてった体を冷やす。
「ふぅ……」
少しして、落ち着いてきたのを感じて松の根元に腰を下ろすと、その幹がちょうどいい背もたれとなることに気づいた。
穏やかな天候、涼しい風、そしてここまでの軽い疲労が心地よい気怠さとなって少しずつ瞼を重くしていく。
寝てはいけない。まだまだ先は長い――そう考えれば考えるほど、それに反対するように瞼は重くなってくる。
寝てはいけないと思っている時ほど気持ちよく眠れる――こんなところで日本にいた頃の授業中と同じ気持ちを味わうことになるとは思わなかった。
「ん……?」
不意に、肩にぽすんと衝撃。
僅かに開いた目をそちらに向けると、同じように松の根元に腰を下ろしたリンが、外套を掛け布団の代わりに体にかけた状態で静かに寝息を立てていた。
規則的に聞こえる、彼女の静かな寝息。触れている頭から感じる体温。
それまでの眠気が少しずつ冴え――それも時が過ぎれば心地よくなって、更に瞼を重くする。
俺も少し眠ろう――完全にそっちに傾いた瞬間、正面に見える進行方向の上り坂に何かの影が動いた。
「ッ!」
幸運と言うべきだろう。完全に寝落ちする前にその姿を見られたことが。
「リン――」
「ああ、起きているよ」
呼び掛けると、彼女も同じように身を起こしてそちらに目を向け、同時に腰を上げた。
三体のゴブリン。横並びになったそれが、油断している敵を見つけたとばかりに、坂を駆け下りてくるところだった。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




