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異世界安全衛生マニュアル  作者: 九木圭人
新たな敵、新たな力
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新たな敵、新たな力7

 その“本題”は、予想より簡単に叶う事となった。

 鍛冶屋に戻るや、俺たちの要件が聖剣――相手にはその事実を伏せていたものの――を打ち直してもらうことだと知るや、彼は快く引き受けてくれた。

「任せてくれ。命の恩人の依頼だ」

 そう言って剣を受け取ると、早速仕事場に籠る。

 有難いことに、代金すら不要というのだからこちらの方が感謝する話だ。


「もし宿がお決まりでないのなら、今夜はどうぞうちへ泊って行ってください」

 加えておかみさんからもそういってもらえたとくれば、全く助かる話だ。

 その申し出に有難く甘えさせて頂いた、その翌朝。昇る朝日とリンの声で目を覚ます。

「おはよう!リヒト」

 目覚めすっきり――という表現がまさにぴったりな様子のリン。

「えらく元気だな……」

「ああ。朝から体が軽くてね」

 流石は名うての鍛冶屋だ――そう付け加え、俺をせかすように身支度。


「おう、ちょうど出来上がったところだ」

 夜通し剣を打ってくれたのだろう、仕事場から出てきた親父さんは、新品同然に仕上がったフォシークリンを差し出してくれる。

 ――その剣の出来を見るに、どうやら剣の状態とリンの状態もリンクしているようだ。

「ありがとうございます!」

「いやいや、礼には及ばない。それに……」

 ふと、神妙な目で俺たちを見る親父さん。

 じっと見つめるその目は、俺とリン、そして手元のフォシークリンへと順に注がれる。

「……残念ながら、俺がその剣に出来るのはそこまでだ」

「えっ」

 そこまで、というが十分すぎるほどの出来だ。

 そんな謙遜を――その言葉が喉まで出てきて、それを制するように親父さんの言葉が続く。

「これは……聖剣って奴だろう」

「「!!?」」

 顔を見合わせる俺たち。

 流石は名うての鍛冶屋というところか、一言も言わずともその正体に感づいたのか。


「あくまで話に聞いたことがあるだけだ。だが一晩この剣をいじりまわして分かった。こいつはただの剣じゃない。何か本当はもっと凄い力の込められた代物だ」

 そう言って、それから彼は俺たちの背後に焦点を合わせる。

 併せて俺の視線はその聖剣の精霊へ。彼女もまた俺を見ると、何も言わずに小さく頷いて見せる。どうやら親父さんの言う通り、フォシークリンは以前よりもいい状態になっているものの、未だ完全な状態ではないようだ。

 流石スランプ状態だったとはいえ、一流の鍛冶屋なだけはある。


「俺が出来るのは、あくまで剣としての部分だけ、錆を落とし傷を直しただけだ。それに秘められた力についてはどういうものか見当もつかん。そっちについてブロッカ山の神官なら何か分かるかもしれないが……」

 ブロッカ山という場所自体は聞いたことがある。

 その山頂には古くから続く神殿が置かれ、今でも多くの巡礼者が訪れるということも。

 霊験あらたかと言われるブロッカ山の神殿の神官ならば、確かに古いフォシークリンについても知っているかもしれない。

 問題はそこに行くかどうかだ。


「……」

 リンは間違いなく行くつもりだろう。

 彼女の使命は邪竜を討つことで、そのために必要な措置は全てとりたいはずだ。

 となれば、あとは俺の問題。俺が彼女に同行するかという話。

 元々ここまでなら同行しようという話だったのだ。その後のことはその時に考えようと、出発する前に決めていた。

 だが実際にこうしてその後が来てしまえば、結論を下さざるを得ない。


「リヒト……」

「ああ……」

 答えながらしかし、俺の心は迷っている。

 俺は聖剣を抜いた。だが、そんなことになるなんて知らなかった。そりゃあ、多少暮らしに変化があることを願ったのは事実だが、その結果が聖剣を携えて邪竜を討てなどとは、少しばかり話が大きくなり過ぎだ。

「うん……」

 そうだ。俺にはあまりに荷が勝ちすぎている。

 それは分かりきった事実で、こんな話今すぐに降りてしまうべきだとも思う。

 だが、そうした時。リンはどうなる?

 リンを一人で放っておくのか?

 その問いに対する答えはどうしても出せない。


「……行こう。ブロッカ山へ」

 だから、今は更に先送りにする。聖剣が本当の力を引き出せる方法を見つけて、それで限界だと思えばその時に手を引く。

 優柔不断ではあるが、少なくとも自分の中で納得は行く答えだ。

「ありがとう!よろしくね」

 何よりそう言って相好を崩すリンの姿は、その選択を後押ししてくれている。


「ブロッカ山は元々は巡礼者も訪れるような場所だったが、このところモンスターが出るという話もある。十分気を付けてな」

 親父さんがそう言って、それから別の声が俺たちの背後から響いた。

「まあとにかく――」

 全員の目が声の主=おかみさんに集中。

「朝ごはんが出来ましたよ」

 大勢で囲む食卓など、一体いつ振りだろうか。


 すっかりお世話になってしまった鍛冶屋さん夫妻に丁重に礼を言って、既に行きかう旅人でごった返している通りに出る。

「道中お気をつけて」

「大変お世話になりました。ありがとうございました」

 夫妻に見送られ、頭を下げてから踵を返すと、そのごった返している人の波の中に混じっていく。

 この街道をまっすぐ行けば、じきに東側の門に着く。

 そこを出て少し進めば、見えてくるのは次の目的地。山頂の神殿を目指すブロッカ山だ。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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