新たな敵、新たな力6
「ッ!!」
それが、初めて見せるデュラハンの焦りだったのだろう――転がった頭よりも慌てて駆け寄る体の方でそれを感じるのもおかしな話に思えるが。
だが、とにかくそれで俺のやるべきことは分かった。奴が焦っているということは、つまりそういう事だ。
「よしっ!」
聖剣を逆手に持ち、足元に転がったしゃれこうべに狙いを定める。
赤々と光を放つ二つの眼窩。それがこちらをじっと見つめているそこに向かって、一思いにその切っ先を突き下ろす。
「ッ!!!」
硬い手応えが刃を通じて伝わってくる。
硬い、何かを砕いたような感覚が。
そしてそれと同時に、俺を仕留めんと長剣を振りかぶって向かってきていたデュラハンの巨体が、俺の目の前でその動きを止めた。
「やった……?」
リンの声。
答えの代わりに響いたのは、金属が地面に当たって立てる硬い音。
デュラハンの体が当たり前の事実=首のない体は動かないという一点を思い出したかのように動きを止め、重力に引かれるようにして崩れ落ちていく。
砕け散った足元のしゃれこうべは、聖剣を突っ込んだ時点でその眼窩の光を失っていた。
そして恐らく、かなり長い時間が経っていたのだろう、胴体の方が動きを止めるのと同時に、急速に風化したそれが、砂の様に崩れてどこかからか吹く風によってさらさらと舞った。
とにかく、これで終わりだ。
既にこの空間には先程まで感じていた居心地の悪さがなくなっていて、その事実が目の前の脅威を排除したということを伝えているような気がした。
「やった……みたいだな」
それを噛みしめるように呟くと、それまで辺りを照らしていた人魂のような火がふっと消える。
やはりあれも普通の照明ではなかったか――そう結論付けたところで、正面にぼうっと光が灯った。
「やったな!リヒト!」
その光を放っている光球を頭上に浮かべたリンがこちらに歩み寄りそう言ってくれる。
そしてその光の隅で、倒れていた鍛冶屋さんが起き上がるのが見えた。
「ッ!大丈夫ですか!?」
駆け寄る俺たち。
どうやら傷は負っていなさそうだ――それに気づいた瞬間、安堵と共に俺の腹が激痛を訴え始めた。
「ぐっ……」
記憶が戻ってくる。ああそうか、さっきの戦いで思い切り蹴り飛ばされた時か。
あばらが折れているかもしれないと思っていたが、戦いが終わって聖剣の加護が切れたか。
「リヒト!!」
リンが俺に駆け寄る。
あまりの痛みに膝をついた関係で、彼女に肩を借りるようにして何とか立ち上がるが、足元が覚束ない。
支えてくれる彼女にもそれは分かっているのだろう。心地よい冷たさの手のひらが、痛む腹にそっと触れる。
「やられたのか……もう大丈夫だ」
そう言って、彼女はその姿勢のまま集中するように目を閉じる。
「我が力よ、わが友を癒せ。ヒール」
詠唱と同時に、その手のひらから暖かなものが体の中に染み渡るような感覚を覚える。
回復魔法。戦闘経験自体がなかったために未経験だったそれを聞きかじった知識の記憶から引っ張り出してくるよりも前に、体の痛みは完全に消えていた。
「ありがとう。助かったよ」
どうやらもう平気だ。力の戻った両足で地面をしっかり踏みしめる。
「う……ここは?それに、あんたたちは……?」
と、そこでなんとか意識を取り戻した鍛冶屋さんの方を振り向く。
どうやら、自分が何故ここにいるのかは分かっていないようだ。
「あんた!!!」
その鍛冶屋さんを連れて遺跡の外へ。
西に傾きかけた夕暮れの小道を、不安そうに歩いてくる鍛冶屋のおかみさんと出くわすなり、彼女は叫んで駆け寄ってきた。
「あんた!!随分心配したんだよ!」
「ああ……すまねえな。俺もよく覚えちゃいないんだが、奇妙な声に呼ばれて奥の遺跡に入った辺りから記憶がなくてな……それで、この人たちに連れてきてもらったって訳で」
それが、彼があそこで倒れていた理由のようだった。
遺跡の中で彼を落ち着かせるために簡単に状況を説明=自分たちは冒険者で、あなたを探すようにおかみさんから頼まれていたこと。ここにいたモンスターは既に倒したということを伝えた際に聞かされた話と同じだった。
このところスランプだったというこの鍛冶屋の親父さんは、以前から足しげく通っていた古い製鉄神の所に参拝へ向かった際に、奥のあの遺跡へと呼び声がして、あとは呼び寄せられるようにそちらに向かっていったのだそうだ。
魅了の術か――そうも思ったが、本人によれば「もしかしたら祈りが通じたのかもしれないと思って、無視することが出来なかった」とのことだ。
「しかし、一体何のために鍛冶屋さんを……?」
おかみさんと連れ立って歩く鍛冶屋の親父さん。その背中を見ながら漏らした疑問。
単純な疑問だったのだが、どうやらリンはそうは思っていないようだ。
「……先程あの男が言っていたように、どうしても私を、つまり聖剣を破壊したいという事だろうね」
顎に手を当て、夕方に近づいても未だ人通りの多い分岐の方へと視線を投げながら、彼女は続ける。
「あの鍛冶屋の親父さんは、村のギルドの職員も言っていたように腕利きで、実際に私たちも頼ってきた。そんな相手を先に始末してしまえば、私は十全な力を発揮できないまま……。つまり、破壊を目論む者にとっては好都合という訳だ」
「その、破壊を目論む者ってのは、結局何が目的なんだよ?」
その問いに、彼女は前を行く二人がこの話に気づいていないことを確認するように一度目を向けてから、少しだけ声のボリュームを落として話し始めた。
「邪竜フィンブルスファートを討つための剣。それが私だ。だが反対に……フィンブルスファートを復活させようとする者がいる、という話も知っている」
「それが、さっきのローブの――」
言いかけたところで、彼女は首を横に振った。
「いや、そういう話を知っているだけで、具体的にどこの誰かかまでは分からない。だが……その可能性は十分にあるだろうね」
聖剣を見つけ出して破壊する――奴は確かにそう言っていた。
そのために先手を打って鍛冶屋の親父さんを襲った。そう考えても辻褄は合う。
「……ま」
そこまで俺の考えがまとまったところで、当の本人が打ち消すように明るい声を発した。
その視線は前方を行くその襲われていた張本人の背中を見ている。
「それであっても、だよ。鍛冶屋の親父さんはあの通り無事だ。後は彼に打ち直してもらうだけさ」
(つづく)
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