凱旋と旅立ち3
旧街道というだけあって、どう進むべきかは分かりやすかった。
左右から草が生い茂り、木々の根が所々で横断しているとはいえ、進むべき方向はしっかりと整備されていた痕跡のある小道が示してくれている。
だが、旧街道とわかるのはそれぐらいだ。
日の上り始めた朝でも背の高い木々によって辺りは薄暗く、進むべき道がわかるというよりも他が草木に覆われていて、藪漕ぎせずに進むのは不可能な有様というだけの話だ。
その山の中にいるような――実際、ローデリス山の裾野の端ではあるのだが――森の中を、俺たちは奥へ奥へと進んでいった。
「……待って」
後ろからついて来ていたリンが不意に俺を制した。
理由は俺にもわかる。俺たちが通過する際にこすれる以外の草木の音が、辺りから複数近づいてきている。
「……モンスターか」
他の冒険者か、或いはそうした連中を狙った山賊か――その考えも一瞬浮かんですぐ消えた。前者なら姿をすぐに見せるだろうし、そもそもここに朝一番に立ち入るような連中はまずいない。後者ならその理由で潜伏していても旨味がない。
「大丈夫。剣の加護は使えるよ」
「了解だ」
ポン、と肩に触れた手にそう答えて、俺は腰間のものに手を伸ばしつつ辺りを見回した。
幸い、緩やかな上り坂が一段落してちょっとした広さのある場所に出られそうだ。
坂道の踊り場のようなそこは、俺たちの今いる道とは反対側に、更に先に続く細道が伸びている。
「……」
周囲を警戒しつつその広場へ。広い足場を確保したと思った瞬間、辺りを囲む草むらが割れた。
「来たか!」
そちらに振り向いて剣を抜く。
昨日と同じ淡い光を放つ刃。その向こうにいるのは、人間の子供ぐらいの大きさの、人型のシルエットをしたモンスター。
「ゴブリンか……」
「ギギ……」
その名を呼んだリンの声に応えるように、そいつは尖った牙をむき出しにして声を上げた。
ゴブリン。昔遊んだRPG同様、この世界でも下級モンスターの代名詞のような存在。
昔、田舎の祖父母に連れられて行ったお寺で見た餓鬼の絵のような細い手足に、ボロボロの腰巻を巻いただけのモスグリーンの体。その腰巻の他には適当な木の棒を拾ってきただけのようなこん棒しか持たないこいつらは、熟練の冒険者からすれば小手調べのようなモンスターだ。
「ギィ!」
その下級モンスターが叫び、同時に背後からも音が複数。
「囲まれたみたいだね」
「どうやら、そうみたいだ」
答えながら、周囲を確認してゴブリンの数をカウント。
正面の奴の他は二匹のみ。装備はいずれも同じようなこん棒だけ。
二対三。数の上では不利。
だが力がみなぎり、頭の冴えわたった今の俺は直感的に理解している――こいつらは俺にとっても障害にはならない。
勿論、油断するわけではない。だが今の俺ならやれる。
「ギギッ!!」
同じことを考えていたようで、仲間が到着したのを見越して正面の奴が突進してくる。
こん棒を右肩に担ぐように振り上げ、ドタドタと一直線に突っ込んでくる――軌道もスピードも予想通り。
「ッ!」
奴がその突進のままにこん棒を振り下ろす。
そのこん棒が殺到する瞬間右にすっ飛び、同時にその勢いで横薙ぎに奴の首を斬る。
「ギッ!?」
何が起きたか分からない――そんなところと思われる短い悲鳴を上げて、奴が崩れ落ちる。
同時にそれまで背を向けていた相手に振り返ると、既にそいつは同様にこん棒を振りかざして向かってくるところだ。
「……」
その場で正対。同時にだらりと剣を垂らす。
切っ先が地面をこするぐらいに極端な下段。それを降伏の証と見たか、ゴブリンのこん棒が無防備の頭めがけて振り下ろされる。
「……!」
同時。剣を振り上げつつ腰を落として奴に突っ込む。剣を地面と平行にした、腰を落としての体当たり=奴には予想外の動き。
「グゲッ!!?」
突然の反撃にたたらを踏んだゴブリンの、それによって中途半端な高さで止まったこん棒。それと体を繋いでいる腕を、下から剣でカチ上げる。
天地逆転のギロチン。奴の腕をフォシークリンの刃が一切の抵抗なく寸断した。
「シャァッ!!」
そのままの勢いで突き倒すと、地面にピン止めするように切っ先を突き立ててとどめ。
即座にそれを引き抜いて最後の一匹――そちらに目を向けた瞬間、その必要はなかったということを悟った。
「ググギギ……!」
仲間二匹を失いながらも退こうとしないそいつと対峙したリン。彼女の右手がすっと奴の方へと伸びる。
その人差し指と中指だけをゴブリンに向け、子供がピストルの真似をするような形をとると、テニスボール大の光がその先端に浮かび上がる。
「光よ、我が敵を射抜け!ファイアボルト!」
その詠唱が銃声の代わり。放たれた火球が銃弾の代わりとなって一直線にゴブリンを撃ち抜いた。
「ギィ!!?」
短い断末魔だけを残して、風穴を開けられたゴブリンが飛び出してきた草むらの中にまで吹き飛ばされた。
「……お見事」
攻撃魔法が存在することは知っている。ファイアボルトがその中では基本中の基本のようなものであることも聞いたことがある。だが俺の知る限り、ゴブリンとはいえ、ただ倒すのではなく一撃で吹き飛ばすほどの威力を、あれほどの短時間の詠唱で速射するというのは紛れもなく達人の領域だ。
「そっちも片付いたみたいだね」
その俺の反応にそう答えた彼女の表情は、平静を装ってはいるものの僅かに得意げなものが見えていた。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




