プロローグ
剣の前に立って辺りを見回す。やはりこれまで同様、人の気配はない。
剣の刺さった岩の周り、牙のように切り立った岩に囲まれた、水に濡れて苔むした岩場に足を踏み入れると、不思議とそこだけひんやりと冷たく、かつ澄んだ空気が漂っているような気がした。
「これ……抜けるのかな?」
その剣と岩の姿を見た時に反射的に頭に浮かんだ考え=モンスターがいて、魔法があって、冒険者のいる世界であれば、こういう剣だってある。
「よし……」
岩場の端に用意されたラックに用意されていたヘルメットをかぶる。
「着装ヨシ」
据え付けられた鏡で顎ひもがしっかり留まっているのを確かめて、剣の刺さった岩場へ。
「っと」
水に濡れて苔むした岩の手前で足を止める――ちょうどそこに立った時の目線の高さに「転倒注意!」の看板を見つけた。
「あっちか」
その横にあったグレーチングの上を、据え付けられた手すりを把持して指示に従い剣の向こう側へ。手前側より少し広くなっている場所で、ご丁寧に剣を抜くための位置を黄色と黒の縞模様で囲んだ上に「引き抜き作業場所」との表記まである。
一段高く、また乾いているその作業場所へ。
「なんか妙に整っているな……」
まるで工事現場か何かの工場みたいだが、とにかく指示通りの場所に立って剣に手を伸ばす。
「ん……?」
と、作業を中断。これまた表示に従い周囲をぐるりと見まわす。
「周囲安全確認ヨシ!」
辺りに作業の妨げになりそうなものも、転倒時にぶつかりそうなものもない。おそらく正面側ではなくこちら側を引き抜き場所に指定しているのも、そういう理由なのだろう。
「で……剣は左右に、ね」
改めて柄に手をかける。台座のような岩に設けられた説明用のプレート=イラスト付きで「抜けにくい時は左右に揺らしてください」の文字。
――岩に刺さった剣を抜くという、昔遊んだRPGなんかにも出てきたそれ。その中で描かれていた姿と比べれば、あまりにも生々しいというか工事現場のようなその注意書きの違和感は大きいが、まあ安全第一ということか。
とにかく、その指示に従い、少し持ち上げながら左右に小刻みに剣を動かす。
手元が何度か往復するにしたがって、岩の中にあるのだろう切っ先が少しだけ動くのが手応えでわかる。
「ッ!」
唐突に、それまであった重量感がなくなる。
同時にそれまでの抵抗が嘘のように、剣は岩からすっと離れた。
――そしてその全体が目に入った時、爆発したような凄まじい光がその刃から放たれて、思わず俺は目を閉じた。
(つづく)
そりゃああんた、異世界だろうが現実世界だろうが、人間はしょうもない理由で労災起こすんですよ
という訳で始まりました、安全第一系異世界ファンタジーでございます。
出オチのような物語ですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。