08. ファデ、ユリウス王子の変貌に驚く!
◇ ◇ ◇ ◇
双子王子の生誕祭当日。
学園内の催しとはいえ、王宮殿三階の大広間で盛大に開かれた。夏の花々が色とりどりに咲き乱れる宮殿の庭園を、大広間のバルコニーから一望できる。
昼の部は弟のユリウス王子が主役なので、殆どが学園の生徒たちで占めていた。
国王含めた王族、諸侯貴族の親たちは夜に行われるアル王子の生誕祭に集中して来場する。
ファデは馬車で王宮殿につくと、侍従に王族の控室にすぐに通された。
本日、ユリウス王子のパートナーはファデと、家令たちに事前に通達されていた。
ファデは侍従に促されて白い毛皮を脱ぐと、碧色のシルクのドレスを纏っていた。
首にはアメジストのネックレスを身に付けている。
ファデのすみれ色の宝石は自分の瞳色、碧色のドレスはユリウス王子の碧眼の色だ。
パートナーになったからには、ユリウス王子に少しでも喜んでもらおうと、ファデは碧色のドレスを選んだ。
ファデはスラリとした細見の体型だった。
同学年の令嬢たちより背が高いので、背筋をピンと伸ばすと一国の王女のように堂々として見える。
中等部に入るまでファデは小柄だったが、入学してからにょきにょきと、タケノコのように背が伸びた。
──アル殿下に愛されなくなった原因は、多分私の背が伸びたせいね。
ファデは実感していた。
なぜなら子供の頃、とても優しかったアル王子が、ファデの背が伸びてアル王子の背を越えると、彼は冷たくなっただけでなく、公の場以外特に人目に付く所で、一緒に歩くのを度々嫌がったからだ。
──きっとまちがいないわ。
殿下は、私とは婚約者と同行する行事の時だけ、おざなりで歩いてくれただけ。
そんなアル王子のつれなさに、のっぽになったファデは自分の体が、過去一番恨めしく思った時期があった。
一時はこれ以上背を伸ばしたくなくて、何日も絶食して突然倒れた時もあった。
そんな思いをしたのに、体重は減っても身長は無惨にも伸び続けていく。
──ふふ、私が倒れた時、お兄様は顔面蒼白になって、とても心配してくださったわ。
あわわと泡食ったお顔で、私のベッドに付きっきりで看病してくれたっけ。
そうよ、のっぽの私は舞踏会用の靴だって、殿下のために、いつもローヒールしか履けなかった!
本当なら私も小柄な令嬢たちのように、ハイヒールを履きたかったのに!
特に膝下までのミニドレスで足を出してる時。
私はハイヒールを履いてる、とてもコケティッシュで、愛らしく見える小柄な令嬢たちがとっても羨ましかった。
背が高い私がハイヒールを履くと、高身長のパートナーでないとつり合いが取れない。
アル殿下にいたっては、令息の平均身長よりも更に低いと来たもんだ!
それでもアル殿下は、令嬢達には内緒で上げ底靴を履いていたけど⋯⋯
それすらハイヒールの私には届かない。
アル殿下の冷たい碧眼の眼。
『お前は何でそんなに背が高いのだ!』
と常に無言で攻められているように思えたわ。
令嬢は背が高いと駄目なの?
あなたが小さいだけじゃない!
私はいつも舞踏会から帰ると、部屋でお兄様に隠れて泣いていた。
でもそれでもアル殿下が好きだから、彼のために、ミニドレスでもペッタンコ靴を履いて我慢したのよ!
更にアル殿下と歩く時は、一歩下がってわざと猫背気味に歩くようにした。
けっして見栄えは良くないけれど、アル殿下より背が高いと、殿下に申し訳ない気がしたから。
「ふふっ⋯⋯馬鹿みたい」
ファデは学園に入ってからの過去を思い出したが、これまで舞踏会で楽しい思い出など一つもないなと、苦笑した。
◇ ◇
王族の控室に入ると、ユリウス王子は既にファデを待っていてくれた。
ファデに気が付くと、微笑みながら小走りで近づいてきた。
「ファデ嬢、よく来たね!」
──ユリウス殿下、遠目だけど綺麗な成人式用の礼服だわ。
上背ある殿方は礼服がよく似合うわ。
と、ファデは遠めでは、白の礼服を着たユリウス王子に目を奪われていたが、彼が目の前に現れた途端
「!?」
ファデは一瞬、瞳孔が大きく見開いた。
──え! 誰 この麗しい御方は?
え、待って! 目の前にいるのは、ユリウス殿下よね?
そんなああああ、あり得ない!
今まで私が知っている、不細工殿下ではない!
──なんて綺麗な王子様なの!!
ファデは驚きすぎて、持っていた扇子を落としたが、それすら気が付かなかった。
◇ ◇
「ファデ嬢、扇子が落ちましたよ……」
ユリウス王子はにこやかに笑って、すみれ色の扇子を拾ってファデに渡した。
「は?⋯⋯あ、はあ、ユリウス殿下、あ……ありがとうございます」
ファデは慌てて扇子を受け取った。
「あと少しで家令が僕たちを呼びにくるから、もう少しここで待っていよう。何か飲むかい?」
「は? あわあわ……だ、大丈夫ですわ、殿下」
先ほどからファデは、やたらと慌てふためいていた。
ファデは心臓の鼓動が、一気にきゅんきゅんと鳴りだしていた。
そしてファデのすみれ色の眼は、ユリウス王子の顔を吸い寄せられるかのように凝視した。
美しすぎて、とても眼が離せないのだ。
──お顔が、ユリウス殿下のお顔が、綺麗過ぎて⋯⋯。
ああ、こんな事ってあるのかしら?
私の眼はどうしたのかしら?
真近で見てもユリウスの笑顔は、破壊的な美しさだと、素直にファデは思った。
不思議だわ⋯⋯今までも彼の顔、何度も生徒会室で見て、何の興味も持たなかったのに……
「あっ!」
ファデはハッとした。
『お前の好きな性格の殿方なら、お前の眼にはとびきり美青年に見えるはずだ!』
──心の中で、アンリお兄様の声が聴こえてきた。
わかった! これがお兄様の暗示のせいなんだわ。
ようやくファデは理解できた。
なぜユリウスが今までとは、見違えるほど美青年に見えるのか?
美形の貴公子になったユリウス王子。
ファデは、アル王子を見つめる時と同じ、いやそれ以上にユリウスの容姿に酔いしれていた。