02. 正妃降格、なぜなの殿下!
◇ ◇ ◇ ◇
「ファデ、さっきからだまりこくってるけど、僕の言う事が聴こえなかったのかな?」
──いいえ、アル殿下、しっかりと聞こえましたわ。
ですが、あなた様が長年の婚約者の私に、突然『側妃になれ!』っていわれてショックで、声を出したくても出てこないのですうううう!
気の弱いファデはこうやって心の中でしか叫べない。
馬鹿だわ私って。
こんな惨い仕打ちをされても、目の前にいるアル殿下の困惑なお顔にも見惚れているなんて!
ああ、金髪碧眼も、への字に曲げた可愛い口元も、眉間のシワですら、あなた様の総てがたまらないほど美しく見える!
ああ、私って何てばかああああああああああああ!!
と、ファデは心の中で叫ぶ。
『はあ……ファデ、お前は本当に“顔面フェチ”だねえ』て、アンリお兄様の呆れた声が耳元で聴こえてきそうだわ!
アンリお兄様、助けて! ここにお兄様がいてくださったらどんなにか良いのに……。
ファデは、もうどうしていいか分からず途方にくれてしまう。
アル王子もようやく、戸惑っているファデの気持ちを察してくれたのか──。
「そうかファデ、君が呆けてショックを受けるのも無理もないか──なにせ君は幼いころから僕だけを見て生きてきた。学園に入学してからも生徒会の雑務も、二つ返事で快く引き受けてくれて、いつも僕を影で支えてくれた婚約者だ。同時にお妃教育をずっと並行して勉強してるし大変だよな~。今回の件は本当に申し訳ないと心から僕は思っているよ」
『ああっ!分かってんならさ、なぜそんな残酷な事をファデにいうのさ!』
『ファデ、黙ってないでこいつに、ガツンとなんかいってやんな!』
「んだね!」
ああ⋯⋯心の声たちが⋯⋯私が気が弱いせいで代弁してくれてる……。
ファデは心声に導かれて、ようやく震える声で訊ねた。
「殿下⋯⋯理由を仰って下さい。あなた様はハニー嬢は以前は妹だと言いましたよね。何故、彼女を正妃になさるのですか?」
「う〜ん、そうなんだよね~。確かに最初は妹のように可愛がってたんだけどつい、可愛くてね〜!⋯⋯僕も本来なら君を正妃にして、ハニーは側妃にしようと思ってたんだけど……不味い事にその⋯⋯まあ言い辛いんだが、ハニーが身ごもったんだよ!」
「は?」
ファデのすみれ色の眼が思わず点になった。
「あは、今ニヶ月らしい。最近は悪阻も酷いらしいんだ。勿論、僕の子だよ。流石に男としてこのまま彼女を捨て置けないだろう!」
『『『はああああああああ?』』』
『てめえ、ハニーを孕ませたってえええええ!』
『ファデ、ハニーが身ごもったってよ! この屑野郎、最低野郎と怒れよ!!』
心の声たちがハモるやら、悪態つくやらカンカンだ!
──悪阻、二か月って?
ファデは最初、アル王子がいったい何をいってるのかピンとこなかった。
それほどアル王子の返答は、ファデの脳内にない言葉だった。
だが──。
──え、つまり赤ちゃんができたって事?
え、殿下の?
あ、あ、あ、ああ、なるほど⋯⋯分かったわああああ!
ひぃいいいええええええ! でもどうして?
『駄目よファデ、落ち着いて! ここはどうして?ではなくて、大切なのはハニーを正妃にするって殿下が言った訳を聞くのよ!』
心声がファデに懸命に諭す。
そうだ、そうだね⋯⋯
「ア⋯⋯アル殿下、で、でも……なにも正妃にしなくても、そ、側妃では……駄目なのですか?」
「ああ……君には悪いが、僕はやはり愛する女性を正妃にしたいんだ」
──愛する女性って?
あなた様は、前にハニーは妹だからキイキイ言うなって私にドヤってなかった? それにまだ子供だって産まれて⋯⋯そうよ、子どもよ!
ファデは、なけなしの勇気を振り絞って訊ねた。
「でも⋯⋯殿下……まだ男の子が産まれるとは限らないのでは?」
「いや、ハニーが言うには絶対男だというんだよ~。どうやら腹の感じでわかるらしい。はは、母親って不思議だよね〜。僕も初めての男子なら出来れば、世継ぎにしたいんだ。君の前でなんだけど王子とはいえ、愛する女性の子供は可愛いんだよね〜!」
アル王子はニヤケ顔で抜け抜けと言い放った。
『馬鹿か、こいつは。正真正銘のクズ野郎!』
『ファデ、こんな男フッチャイナ!』
『駄目よ、ファデは初恋の呪縛にかかってるもの〜!』
ファデの心声が罵詈雑言となる。
当のファデは絶句して何も言えなかった。
──酷い、ならば殿下、私はあなたの何なのですか?
私の気持ちは……今までの私の努力はどうなるの?
ああ、けれども⋯⋯側妃でも殿下の麗しいお顔は拝せられるのよね。私は、この方の顔を死ぬまでずっと見つめていたい!
だけど側妃はやはり嫌だわ、こんな私にだって公爵家の矜持はある。
これまでも王妃教育を必死に勉強してきた事も……ああ、いったい私はどうしたらいいの?
ファデは今にも涙が溢れそうになった。
その時だった──。
生徒会室のドアがすごい勢いでバーン!と開いた。
「アル兄さん、それはないよ! 幾らなんでもあんまりだよ!」
そこには見事な体躯の若者が仁王立ちしている。
「ユリウス?」
──え、ユリウス殿下?