01. 愛する王子の爆弾宣言
◇ ◇ ◇ ◇
──九年後。
王都の貴族高等学院内。
二階にある生徒会室。
「ファデ! どうした、僕の話を聞いてるかい?」
「あ、はい。すみません、アル殿下!」
ファデは席に座ったまま真向いの生徒会長でもある、アルフォンス第一王子こと、アルの顔にうっとりと見惚れていた。
ファデは普段からアル王子の一挙手一投足を見逃さない。
そのせいかどうも最近、アル殿下の表情は
『少々強張ってるわね~どうしたのかしら?』と、口でこそ出さないがファデは感じてはいた。
大人になってもアル殿下のお顔立ちは、私が初めて出会った小公子の頃と変わらない。
令嬢たちが好む少女小説の王子様のようだわ。
『美少年がまんま美青年に移行した童顔は可愛い!』
と、内心ファデは叫びたくなるほど、アル王子の顔に崇拝しきっていた。
「ファデ、また君は⋯⋯僕の顔に見惚れてたね」
「え、あ……殿下」
「まあいい、だけど本当に僕の顔が好きだよねえ、だって君はいつだってじいっと、僕の顔を穴の開くほど見てるよ」
王子はおかしそうにククっと笑う。
「申し訳ありませんアル殿下」
しょぼんとするファデ。
──仰る通りですわ。私は貴方様のお顔が死ぬほど大好きなの。
『ふ、これはもう病気だね』
『だね⋯⋯』
ファデの中にある、どこか冷やかなる、心の声が囁いた。
「いやいやファデ、君が謝ることはないさ。美しすぎる僕がいけないんだ。君以外の学園の令嬢たちも、僕と出くわすとすぐに呆けるしね、我ながら美形にも困ったものさ、あははは!」
──ええ、そうですわね。本当に困ったもんだ。
ファデはふうっと溜息を零した。
高等学院に入学してからというもの、アル殿下は常に令嬢たちに取り囲まれている。
主に下位貴族の下賤な雰囲気の令嬢ばかりだけど。
特に最近、アル殿下のお気に入りの令嬢が一人。
一年生のハニー・オペラ伯爵令嬢と特別仲が良いと評判だ。
ハニーは元、平民の父を持つ新興貴族の娘で私より一つ年下。
珍しいピンクがかった飴色髪で、はしばみ色の大きな眼が愛くるしい、小柄な娘だった。
令息たちの前でも、お高く止まらず仕草も可愛らしくて、とっても甘えんぼうだとな。
品格はないが明るく屈託のない、まさにアル殿下が気に入りそうな“おきゃんな令嬢”だった。
彼女の愛くるしさは、たちまちアル殿下の側近たちのアイドルになっていったという。
ただ、側近たちの婚約者の令嬢たちがハニー嬢の振る舞いに怒りだした。
彼女等はアル王子の婚約者であるファデに、助けを求めてきた。
仕方なくファデはアル王子に、ハニー嬢の対応を訊ねた。
「ファデ~君もか! ハニーはとにかく可愛いんだよ。僕らのペットみたいなもんさ。皆、ハニーを妹みたいに接しているだけだ。そんなにキィキィ目くじらたてるな!」と。
──いえいえ、殿下、私は別にキィキィとハニー嬢に目くじらなど立ててはいません。
というより私には嫉妬してる暇などないのです。
生徒会とお妃教育で、学園の休み時間も勉強や業務にせっせと毎日励んでいますから。
だけど殿下、側近たちの婚約者である令嬢は怒り心頭です。どうか私の立場を推し量ってくださいませ。
と、ファデは内心、殿下に言いたかったが云えない。
婚約者といえども、ファデは王子の臣下なのである。
そんな大それた意見など癇癪もちのアル王子に、気弱なファデは言える訳がなかった。
だがさすがに、ハニー嬢が野心満々なのは疎いファデでも耳には入った。
なにやら二人の出会いは、ハニー嬢が小池に、わざと足から『キャーッ』と飛び込んで、足が付くにもかかわらず溺れたふりをして、アル殿下が助けたらしい。
それ以来二人はアツアツぶりだと、令嬢たちから聞いていた。
さすがのファデもその噂を聞いた時はジト眼となり、ちょっぴりヤキモチを焼いた。
◇ ◇
「それでねファデ、今度はしっかり僕のお願いを聞いて欲しいんだ」
「──お願いですか?」
「うん⋯⋯」
アル王子はサラッとした前髪を、二本の指でかきあげながら、優しく甘える声で頷いた。
内心、ファデは何か悪~い予感がした。
自分に甘えた声でお願いをするアル殿下など、ここ数年、滅多にお目にかかれてなかったからだ。
「この際はっきり言うが、君を王太子妃にすることはできない!」
「は?」
「すまない、僕は君より愛する女性が出来たんだ。君も知っての通りハニー・オペラ嬢だ。僕は彼女を正妃に迎えたい! なので君は側妃としてこれまで通り、僕とハニー嬢を影で支えて欲しいんだ。お願いだ、どうか頼むよ!」
「…………」
──はああああああああ、突然、私が側妃って?
ファデはアル王子の顔を呆けて見つめた。