16. 番外編 兄の独り言(アンリ・サイド)
※ 早速誤字脱字報告してくれた方、ありがとうございます。
※ 2025/11/1 修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
メルローズ公爵邸 執務室
アンリ公はロングソファの片方の肘枠に、長い足をかけて寝そべっていた。
ぷかぷかと煙草を美味しそうに吸いながら、アル王子の鉱山調査報告書を読んでいる。
既にアル王子は王都警察に捕まって貴族牢に幽閉された。毎晩、王子は掘りの中で泣いているという。
これから裁判が開始され、アル王子は重い刑罰に処されるであろう。
「あははは、ずい分と手際よく事が運んだものだ!」
アンリは独り言をいって高笑いをした。
アンリは生誕祭でのファデがアル王子へ言った、婚約破棄宣言を思い出していた。
『少なくともユリウス殿下は、あなた様のように、婚約者の私がいるにもかかわらず、ハニー令嬢に御子を孕ませるなど破廉恥な事は致しませんわ!』
──あれは胸が空くほど痛快であった!
気弱な妹があの聴衆の面前で、よくあそこまで勇気を奮い起こして言ったものだ!
王子の婚約者とはいえ妹は臣下の立場だ。
なかなかどうして肝が据わっているとアンリは感心した。
あの時のアル王子の仰天した顔、何回思い出しても笑える!!
「あははは!わっははは!」
ああ愉快、愉快。こんなに愉快なことは久しぶりだ。
まさかこんな短期間で、ファデがあそこまで覚醒するとは思わなんだ!
妹は私の暗示で、顔だけが取り柄の屑王子に目が醒めたと信じ込んだようだが。
「ふん、ふふん!」
アンリは鼻歌まじりに機嫌よくソファから起き出した。
吸い終わった煙草の吸殻を机上の灰皿に擦り付ける。
──なんてことはない。あの暗示はただのはったりだ!
アンリはクククッと思い出し笑いをした。
自分がファデに行った美男子に見える暗示など、まやかしにすぎない。
ファデは暗示にかかりやすい性質だ。
それをうまく利用した。
元々ファデは兄の私を崇拝しきっていたからな。
妹の私への信頼は鉱山の磐より絶対だ──。
それと併せて妹はあの通り性格が良い。
蝶よ花よと大切に育てられ、妹は何不自由なく愛され人を疑わずに生きてきた。
人を素直に信じる……まあ悪く言えば“お人好し”に過ぎないがな。
この手のタイプの女性は昔から暗示にかかりやすい。
最初からファデに暗示をかける男のターゲットは、ユリウスと私は決めていたのだ。
◇ ◇
あの日、ファデが泣いて生徒会室での一件を話した時、私はピンときた。
はは~ん、ユリウス王子はフェデが側妃になるのをまっこうから反対したか。そこまで兄の婚約者を庇うとは……どうやら弟の方が相当ファデにご執心だなと。
そして、ファデの話しを聞いて、妹は無意識にユリウスに好意を持ったと私は感じた。
何故ならファデがユリウスに対する言葉遣いが丁寧で、好意的なのが分かったからだ。
ファデ自身も気付いてなかったが、アル王子から自分を庇ってくれたユリウス王子が、ファデには神々しく見えたのだろう。
おまけに双子の生誕祭のパートナーもユリウス王子だという。
それも屑のアル王子がお膳立てしてくれたんだと。
「アル王子は何処までもアホだな、自ら墓穴を掘っていやがる」
アンリはもう一本、煙草に火をつけて吹かした。
──もしかしたら我が家の、いやファデの精霊の加護の仕業かもしれんが、暗示をかけた時点でファデがユリウスと接するタイミングがドンピシャだったのが功を奏した。
◇ ◇
元々、アンリはアル王子を昔から王太子の器ではないと、みなしていた。
以前からアル王子を監視させた家令の報告では、帝王学の勉強はおろか学園の一般教科すらも、ろくに学びもせず、普段から女遊びや賭博と素行が悪すぎたからだ。
再三、国王に注意喚起したが国王は聞き入れてくださらなかった。
王は良き君主だが、亡き王妃を溺愛したために殊の外、子息たちには甘かった。
特にアル王子の姿は王妃に生き写しのせいで、ユリウス王子よりも愛している。
──あの王様のアル王子の溺愛ぶりは一体なんだったんだろうな?
亡き王妃にそっくりとはいえ、ユリウス王子に対する態度と格差がありすぎた。
だから、アル王子はあんな我儘で不遜になってしまったんだ。
王もご自分に類似したユリウス王子の容姿を見て、己の顔のコンプレックスでもあったのやもしれん。
真実は定かではないが宰相の立場で双子を見比べると、最初から勤勉で性格も温厚実直なユリウスが、未来の王に相応しいと私は考えていた。
だが王様は『アルは長子だし、馬鹿な子ほど親は可愛いもんでな』と私の進言など聞き入れては下さらない。
それでもアル王子はフェデの婚約者でもあるし、ファデは気弱だがお妃教育も真摯に受講してきた。
元々メルローズ公爵家の血統だ。賢く聡明な娘に間違いはない。
このまま王太子妃として糞アル王子を上手くフォローするだろうと私は想定していたのに、あの糞馬鹿野郎、成金令嬢に首ったけになりやがって!
私の愛する妹を妾にするとほざきやがった!
てめえ、一体どこに目ん玉くっつけてんだ!
私の可愛いファデを泣かした罪、実に許せん、斬首に処す!
とアンリの心の声は、どんどんガラが悪くなっていった。
アンリは机上にあった白ワインの瓶を開けて、グラスにつぎ込むと勢いよくグイッと飲んだ。
──多分、この調書を読む限り、王子はオペラ伯爵に利用されていたな。
オペラ伯爵が経営していた賭博場通いで、違法賭博の借金返済のために仕方なくハニーを正妃にしたんだろう。
いくらハニーの色気に引っかかって子を孕ませたとは言え、筆頭公爵家の婚約者ファデがいるんだ。
側妃でなくむりやり正妃にするとは考えにくい。
裏で強欲なオペラ伯が糞アル王子を操っていたに違いない。
ははは、これまた愉快、愉快! この調書で両人共に成敗できそうだ!
今に見てろよ、ファデを馬鹿にしやがった奴らに地獄をみせてやる!
室内が暗くなってきたので、アンリはカーテンを開けた。
アンリの眼鏡はちょうど陽光が反射して閃光がキラリと走った。
ファデには辛い思いをさせて可哀そうだったが、今回の件でアル王子の内面クズ振りが良くわかっただろう。
妹には王妃教育の体験学習になったかな。
女とはいえ気立てが良くてお人好しだけでは、人の上に立つことはかなわん。
未来の王妃になる以上、知識や品格、国王への忠誠心も大切だが、何より人間の内面性を見極める眼を身に付けなければ、狡猾な奴に騙される。
はは、特に私みたいな人間をだ。ファデ、これからはとことん要注意だぞ。
だがまあいい──。
若い二人にはこれからも私が付いているからな。
お前たちはドンと構えてろ。
私がこの国を、未来の国王と王妃を命がけで守ってやる。
アンリは、立ち上がって、また白ワインをグラスに次いで今度は美味そうにちびちび飲んだ。
※拙い作品に、直にリアクションしてくれる方、本当にありがとうございます。涙が出るほど嬉しかった。 多分、『クリソプレーズの瞳』の時からしてくれてる方ですよね。どうもありがとうございます。
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