11. ユリウス王子の告白
※ 2025/10/30 修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
ファデはユリウスの横を歩きながら思った。
──アル殿下は一度だって私がくしゃみをしても、気にかけてくれた事なんて一度たりともなかった。
逆にアル殿下がくしゃみしたら、私は直ぐに彼にお加減を聞いたのに……。
ファデはユリウスの自分を見つめる熱い眼差しに、自分への思いやりをひしひしと感じていた。
今宵ファデはまだ数時間にも満たないのにユリウス王子とパートナーとなって、ダンスのリードもさることながら自分への気配りや、さりげない小さな振る舞いがとても新鮮で心を打った。
これまでファデはアル王子の外見だけに目が眩んで、彼の横柄な態度に時々、嫌悪感を感じていても彼の美貌ならば仕方がない、と性格の粗野さは目を瞑っていたのだと気付いた。
けれど、ユリウスは違った──。
これまで生徒会室での過去を思い出すと、ユリウスは自分に対していつも気遣ってくれていたとファデは今さらながら気付いた。
──特にアル殿下が不在の時、ユリウス殿下はいつも私に気配りしてくれていたわ。
ファデはこれまでユリウスが、生徒会室での仕事の配分や雑務が簡単な書類を、真っ先に自分に渡してくれたと。また自分が多忙で時間がない時も、常にユリウスは自分の分まで処理してくれたと思い出していた。
ユリウス殿下はいつだって嫌な顔一つせず、私の仕事を手伝ってくれた。
今さながらファデはユリウスの人徳を実感した。
逆にファデはユリウスの人徳に気付けば気付くほど、いかにアル王子が自分に対して冷淡で無愛想な態度だったのか、まざまざと二人の差を思い知らされた。
『ファデ、あなたってとても愚かだったよね』
『ああ、ようやっと、ファデはクズ王子から眼が醒めたんだな……』
『皆やめなよ!でもファデ、ユリウス様の真の姿が分かって良かったね』
ファデの守護神、心声の妖精たちの声が聞こえてきた──。
──ふふ、本当にそうね。
ファデは心声たちの呟きに素直に認めた。
本当よね、アル殿下はこんな風にダンスをした後、一度だって二人きりでバルコニーに誘ってなどくれなかった。
アル殿下が飲み物を取ってきてくれた事など、一度たりともあったかしら?
アル殿下と参加する舞踏会は、一度だけは婚約者としておぎりで私と踊ってくれただけよ。その後は他の小柄な可愛らしい令嬢たちと、何度も私に見せつけるかのように楽しそうに踊っていた。
ファデは在りし日のアル王子との過去が次々と蘇っていた。
そうだ、私が具合が悪くて辛い時だって──。
『ファデ、具合が悪いなら俺にうつすな、とっとと家に帰って休め!』と仰るだけ。
寝込んで学園を休んでも花や菓子などの見舞いも一度として頂いた事もない。
他の令嬢たちの会話をふと耳にすると──、
「婚約者がとても私を心配してくれて、屋敷まで花束を持ってお見舞いに来てくれたの」
と嬉しげに聞こえてくると、私は内心敢えて自分にこう言い聞かせた。
『アル殿下は王子だわ。王族は貴族とは違う。お見舞いに来てくれないのは、私が臣下だから仕方ないのよ』と。
だけどこれは単なる気休めだわ。明らかに嘘よ!
きっと私は『アル殿下は私を愛していない』という現実を自分で認めるのが怖くて、封印したかっただけ!ええ、たとえ王子だろうと、ううん王子ならば愛している婚約者にもっと気遣ったはず。
現にハニー嬢にはアル殿下はあんなにも優しいじゃない!
ずっと前から分かっていたのよ、アル殿下は私などこれっぽっちも愛していないって!
ファデは唇を噛んだ。もう今にも涙が溢れそうなくらい悲しくなった。
子供の頃一目惚れした初恋の優しかった、あの時の小公子は今はどこにも存在しない。
ようやくファデは悟った。
そしてファデは心に固く誓った!
──私はアル殿下の側妃など絶対にならない!と。
◇ ◇
ファデはユリウスと隣リで歩きながら、アル殿下との決裂を思案していた矢先、会場内が見えるバルコニーの外れまで来た。
その時だった──。
「ファデ嬢、僕は⋯⋯僕はやはり君が好きだ!」
ユリウスが突然止まって、ファデの片手をぎゅっと握りしめた。
「!?」
ファデはユリウスに手を握られてビクッとした。
「ファデ嬢、お願いだ、どうか僕と結婚して欲しい!」
すかさずユリウスはファデの、もう片方の手も取って、自分の大きな手で握りしめた。
「あ、あの……ユリウス殿下……」
それは、突然のユリウス王子のプロポーズだった。
ファデは突然の告白で頭が真っ白になった。
暮れなずむバルコニーで、手を繋ぐファデとユリウス王子。
夕日を背に二人のシルエットはとても美しかった。
◇ ※ ◇
ユリウスは淡々とファデの眼を見つめて言った。
「ファデ嬢、僕は先日まで自分の気持ちに封印してたんだ──この一年以上、生徒会役員としてずっと君を見てたけど、君は兄さんに夢中だったし、その献身ぶりも僕は何年もこの眼で見てきたから諦めていた──けれど兄さんがファデ嬢を側妃にするって聞いてから、僕の気持ちがざわついた。婚約者の君を差し置いて、あの下賤な令嬢を正妃にするなんて言語道断だよ、僕は兄さんに対して心底腹が立った。余りにも君を軽んじていると!」
「ユリウス殿下……」
ユリウスはファデの呆然とした顔を見て慌てて弁解した。
「あ、すまないファデ嬢、唐突すぎたかもしれないな。だけど僕は本気だ! あの日君は兄さんの側妃でも甘んじると頷いていたけれど、本当に君はそれでいいのかい?」
「あ、いいえ……いいえ殿下⋯⋯」
ファデは、ユリウスの優しい問いかけに思わず、涙が溢れそうになるのをグッと我慢したが駄目だった。
「……ユリウス殿下……私だって嫌に決まってます。そうでなければ何年も厳しいお妃教育や、生徒会の業務も手伝いませんでした。私だってお休みの日くらい、他の令嬢たちと一緒にたまには遊びに行きたかった……」
そう口にしたファデのスミレ色の瞳からは大粒の涙が溢れだした。
「なら側妃を断って欲しい!それに君の兄上だって決して許しはしまい──お願いだ、どうか僕の正妃になってくれ。まずは婚約だけでもいい。君が兄さんを忘れるまで僕は何年でも待つよ」
「ユリウス⋯⋯殿下…………」
「ほら、残念ながら僕は兄さんみたいに美男子ではないけれど、ファデ嬢を愛する心は誰にも負けてない。兄さんよりも何十倍、いや何百倍も君を大切にする自信が僕にある!」
ファデの涙は大粒の滝となって結界した。
──ああ、やっぱりユリウス殿下は私の事を愛していなさった!
「あ、ありがとうございます。私、私……」
ファデは涙で濡れた顔で、声にならず、そのまま両手で顔を覆った。
──ああ、ユリウス殿下はどうしてこんなにも、私が欲してる言葉をくれるのだろう。
もうそれだけで堪らずファデの顔は泣き濡れていた。
ユリウス王子は一瞬たじろいだが、目の前のファデが愛おしいのか、優しく囁いた。
「ファデ、もう泣かないで……お願いだから顔をあげて……」
ファデは泣きじゃくった顔を静かに上げた。
涙でぐちゃぐちゃになって化粧が落ちて、ファデの顔は狸顔になっていた。
ユリウスはユニークなファデの顔を見てクスと笑った。
そのまま胸元の奥から白いハンカチを取り出して、ファデの頬につたう涙の雫を拭ってあげる。
──あれ? この感じ……なんだろう。確かどこかで同じように……。
ファデはユリウスが涙を拭ってくれた行為に、デジャヴを感じた。
だが、それが何時だったのかは思いだせなかった。




