10. ファデの気持ちの変化
※ 2025/10/30 修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
ユリウス王子の生誕祭も終了した。
夜の部、アル王子の生誕祭の準備となり、一旦、休憩となった。
ファデは夜の部もユリウスのパートナーとして、一緒に休憩を取る事となった。
その間、ユリウスは大広間からバルコニーへファデを誘った。
踊り疲れたファデの身体は少し汗ばんでいたので、バルコニーから見た夕暮れの美しさと、夏の風は心地良かった。
「ファデ嬢、疲れたでしょう」
ユリウスはすかさずファデを気遣った。
「ええ、でもとっても楽しかったです。こんなに踊ったのは久しぶり!」
ファデはユリウスにとびっきりの笑顔を見せた。
ユリウスはドキッとしたのか、顔を少し赤らめた。
「あ……それなら良かった。さすがに喉が渇きましたね。飲み物をとってきましょう。ファデ嬢は何を飲みますか?」
「あ……林檎酒をお願いします」とファデは応えた。
「わかりました。立ってると疲れるから、そこのテーブル席に座って待っていてください。その席のクッションは座り心地良いですよ」
「はい、クッション?」
ファデはユリウスに言われた通り、フカフカの黄色いクッションの椅子に座った。
「あ、本当ですね!」
「フフ、僕はその黄色のクッションがお気に入りなので。では失礼……」
ユリウス殿下は足早に大広間へと戻っていった。
──本当にユリウス殿下はそつなく気遣いの出来るお方ね。
ファデは彼の後姿を見つめながら、フカフカの黄色いクッションの座り心地に満足していた。
◇
西の空の山の谷間から、今、まさに赤く燃える夕日が沈み掛けようとしている。
城のバルコニーから見える橙色の夕日はとても美しかった
ファデは宮殿から見える景色を眺めながら、いつもと違う感覚に陥っていた。
──変なの。いつもと同じ王都の夕日なのに、今宵は不思議とロマンチックに見えるわ。
ファデの胸はユリウス王子と離れてから、何やらドキドキと鼓動が鳴りだしていく。
ダンスの間、ファデはユリウス王子ばかり眼で追っていたせいか、ユリウス王子の顔がちらついて離れない。
「ああ、どうしましょう!」
ファデは両手で頬を触った。頬はやたらと熱く火照っている。
「ファデ嬢、お待たせしました」
「ひゃい!?」
ファデは突然、ユリウス王子に背後から呼ばれたので変な声が飛び出た。
「あ、驚かせてすみません。はい林檎酒です」
ユリウスは申し訳なさそうにファデに林檎酒のカクテルグラスを丁寧に渡す。
「あ、こちらこそすみません。ユリウス殿下……ありがとうございます」
慌てて林檎酒を飲むファデ。
喉の奥がしみわたるくらい冷たくて美味しかった。
ふと横を見るとユリウスは透き通ったお酒を飲んでいた。
ファデはおずおずと訊ねた。
「ユリウス殿下が飲んでるのは、もしや白ワインですか?」
「ええ、そうです。僕は酒は余り強くないけど、ワイン類なら飲めるんですよ」
「あら、私の兄上と同じですわ」
ファデはちょっと顔が綻んだ。
「そうなんですか? アンリ宰相殿はとても酒が強そうに見えますが……」
「いいえ、そうでもないんですよ、けっこう、ああみえても家での兄上は……」
と──暫しの間、ファデとユリウスの会話はアンリを酒の肴にして楽しく弾んでいった。
林檎酒のせいなのかファデはほろ酔い気分で、さきほどの胸の鼓動もなんとか収まってきた。
その間もファデはユリウスの一挙手一等即を凝視していた。
既にこの時点でファデの心はユリウスこそが、自分の求めていた美の貴公子だと確信していたのだ。
「くしゅん!」
「……ファデ嬢、寒いのでは?」
「ええ少し……」
ファデは半袖のドレス姿だったので、初夏とはいえ夜風が強くなってくると、長時間バルコ二―いると肌寒くなってきた。
「そろそろ部屋に戻りましょうか」
ユリウスは自分のジャケットを脱いでファデにそっと羽織らせた。
「あ、大丈夫ですよ。ユリウス殿下がお風邪を召してしまいますわ」
「僕は偉丈夫ですから平気ですよ。この四、五年ほど風邪一つ引いたことがない、不細工男は健康だけは取り柄ですからね!」
と自虐的におどけるユリウス。
「ユリウス様……」
そのユリウスの言葉を聞いてファデの顔は陰った。
──ああ、そのような、もったいない。
違う、違うわ、あなた様はご自分の美しさを知らないんだわ。
とはいっても私だってお兄様の暗示にかかってなかったら、他の令嬢たちと同じ眼でずっとユリウス様を不細工男と揶揄していたかもしれない。
ファデはズキンと胸が強く痛んだ──。
同時に、ユリウスの大きな上着を羽織ると、ふぁっと彼の匂いに気付いた。
微かだがかぐわかしいムスクの香りがした。
なんだろう香水だろうか?──とファデは思った。
そしてファデは、ユリウスが自分をとても大切に扱ってくれる歓びも感じていた。
──それにしても、どうして私はユリウス様の優しさに今まで気付かなかったのかしら?
お兄様が私に暗示をかけて下さらなかったら、ずっとアル殿下の顔だけを見て、私は一生涯過ごすつもりだったのかしら?と考えると余りにも自分がバカバカしく思えた。
昨日までのファデとは全く違う気持ちの変化だ──。
あれほどファデの心に占領していたアル王子への想いは、瞬く間に夕闇の中に消えていった。




