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序章 遭遇

ここは太陽の国、トウキョウ都立(あけぼの)学園。トウキョウ都内では一番名の知れている学校である。

『どんな生き物にも学ぶ楽しさを知る権利がある』という理念の元設立され、エスカレータ式で小等部、中等部、高等部、大学部と進級していく。



そんな学園に、春から高等部一年として途中入学してきた男子が一人。

彼の目標は『平和に暮らしていくこと』。普通の暮らしをして、普通の幸せを手に入れたいと願って地崩れしない学歴を手に入れるべくこの学校へとやってきた。

教室内は少し蒸し暑くなり始めた夕暮れ時の晴天空模様を横目に、一つの机を囲んで盛り上がっていた。



狐井(きつねい)くん!今日は何か用事ある?よかったら私と放課後デートしない?」


「いやいや!私と出かけようよ!放課後じゃなくても休日でもいいし!」


「私は用事あるなら終わるまで待ってるからゲーセンに行こ!!」


「「「は?????」」」



教室で女子に取り囲まれている狐井(きつねい)と呼ばれた彼は、一度その美しい顔を少し伏せ、再び困った笑みを浮かべて女子達を見上げた。



「誘ってくれているのに申し訳ないんだけど、勉強しなくちゃいけないからまた今度ね」



サラサラの薄茶髪マッシュボブヘアに、長く伸びたまつ毛の奥にある透き通った薄茶色の瞳。誰もが見惚れる美しい容姿に、薄めの唇から紡がれる優しい声色で謝られては…女子達は許すしかなかった。



「狐井くん十分頭良いのに偉いね!」


「勉強するなら仕方ないか〜」


「ならあんた達ゲーセン行くよ!!」


「しょうがない!やけ酒ならぬやけゲーセンじゃ!」


「いったれいったれ!!」



口々に言葉を言うと、女子達はそそくさと散っていった。

一人残された彼は、日直の仕事である学級日誌を書き終え、席を立つ。少し伸びをして日誌を持ち、教室を後にした。


彼の名は『狐井響雅(きつねいきょうが)』。成績優秀、運動神経抜群、何をさせても様になるイケメンフェイス…そして愛想も良いのでクラスでの人気も高い。


みんなの前で‘’良い子”な彼には、誰にも話してはいけない秘密があった。


職員室へ日誌を提出し、自分のクラスへと戻る。夕暮れの校舎は、校庭にいる野球部やサッカー部などの声が聞こえる以外、とても静かだ。

廊下を歩いている響牙は、疲れた体を上に伸ばし、大きなあくびをした。



「ふわぁ…疲れたな…僕もあの子たちくらい元気があれば楽なんだけど」



先程自分を取り囲んでいた女子達を思い出し、響牙はしょぼしょぼとした目を擦った。授業が終われば毎日復習をしている彼は、昨晩気分が乗って、予習までしてしまい…いつもより少し寝不足気味だった。

ゆらゆら気の抜けた歩みを進めて教室へと戻る。


日誌を持っていく前の教室内を思い出し、誰もいないのを想定しながら『ガラガラ』と、教室の引き戸を開けた。



「あれ、まだ人いたの?!誰もいないかと思ってた!」



明るく天真爛漫な甲高い声が教室内に響き渡る。自分以外の人の声が聞こえたことに驚き、思わず目を見開いて正面を見た。

教室の真ん中の席の机に座って足をぷらぷらさせている女子が一人いた。

腰まである長い黒髪をおさげの三つ編みにし、特徴的な頭のてっぺんにあるアホ毛を揺らし、ぱっちりした丸いエメラルドグリーンの瞳をこちらに向けて驚いている。


彼女は響雅のクラスメイトである『神崎澄空(かんざきそら)』。クラスでは少し変わり者として評判がある不思議ちゃんだ。

彼女は響雅をまじまじと見つめると、さらに驚いたかのように、机から降りて驚くほどの速さで近づいてきた。



「それ、どうしたの?!ホンモノなの!!?」


「うわっ!なんだ急に!そんな大声出さなくても聞こえているから…ん、『ホンモノ』?」



彼女が言った言葉を反復して意味を考える。まるで信じられないようなものを見た時にしか放たれないその言葉は、いつもより聞き取りやすくなった聴覚を意識させた。

恐る恐る頭に手をやると、モフッとした何かを捉えるのだった…。



「ねねね!狐の耳と尻尾でしょそれ!?ホンモノ?!触っていい!!?」


「だ、え、いや、これは…」



彼はこの日、人生最大の失態を犯してしまっていた。


狐井一族の最大の秘密…それは、妖怪“九尾の狐”の末裔だということ。昔は栄えていた妖怪という生き物達は、近代化に進む世界とは反りが合わず、人間達に反発し、絶滅させられた…とされている。

実のところは、人間やただの動物として『潜伏』しているのだが、この真実を知るのは国の一部の人間のみ。


表向きは『完全にいなくなった』と解釈されている妖怪が今の世に突然現れてしまったら、混乱を招いてしまう。そればかりか…生き残っていると知られたら、また反乱が起きるかもしれない。

彼は意を決して、大きな嘘をつくことにした。



「神崎さん…僕はこの国を良くするために天から使わされた神の使いで、この国で一番規模が大きいこの学園を視察している最中なんだ…神からの司令は絶対で、かつ人間にバレてはいけない。ここはどうか、秘密にしておいてくれないかな。そしたらこの耳触ってもいいから!」



響雅は少し顔を下げ、相手を伺うように見やる。耳も下げてしまえば可哀想なケモ耳美男子の完成である。女子なら見惚れずにはいられない。彼は自分の容姿が人より優れているということを自認していた。


だが響雅の予想と反して、澄空は耳に視点を向けて目を輝かせていた。まるで生まれて初めての体験をする幼い子供のように…。



「え!!!?いいの触っても!!?わかった!黙ってるね!視察頑張って!!!」


「う、ちょっと声のボリューム落としてくれると嬉しいな…」


「あ!ごめんね!気をつける!ねねね触っていい?」


「うn」


「うわ〜!もふもふ!!」


「うるさっ、お願いだから耳元で大きい声出さないで…」



どうやら彼女の大きな声は無意識でやっているようで、すぐに治りそうもなかった。半分諦めていると、気が済んだのか、澄空は耳から手を離した。そして響雅から数歩離れ、彼を見た。



「ありがとう!えっと…誰?」


「はっ?」



きょとんとした顔で響雅を見つめる澄空。このクラスが始まって三ヶ月が経とうとしているというのに、未だに覚えられていないという衝撃が、彼を貫いた。

女子からモテるということを自覚していただけあって、そのような事態があるということに、心の底から困惑した。


だがそれも一瞬。響雅はすぐに切り替え、持ち前の爽やか好青年フェイスをフル活用し、笑顔を作った。



「そういえば関わりがなかったっけ。僕は狐井響雅。改めてよろしくね」



誰もが見惚れる美しい笑みに動じることなく、澄空は満面の笑みで彼を見返した。



「初めまして!神崎澄空だよ!!これからよろしくね!ところで耳と尻尾しまっておかなくていいの?」


「あっ」



慌てて耳と尻尾をしまうと、彼女はその様子を見てくすくすと笑った。響雅は、そんな彼女を見て…自分を揶揄っているように感じ、なんだか少し恥ずかしく思った。

そんな響雅の心境も知らずに、澄空はホッとしたように呟く。



「でもよかった!!妖怪じゃなくて神様の使いだもんね!妖怪だったら退治しなきゃだから」


「え?」



思わず聞き返すと、彼女はまた満面の笑みを浮かべて響雅を見やる。先程まで明るい天真爛漫と感じていた表情と同じはずなのに、響雅はなぜか寒気を覚えた…。

しっかりと視線を合わせて、彼を見る澄空。その目はまるで獲物を見る猛禽類のようだった。



「響雅くんも教えてくれたから、教えてあげる!わたしね、妖怪退治屋なの!最初見た時は、九尾の狐かなって思ったけど、そんなことなかったね」


「ははは、そんな訳ないじゃないか!僕は神の使いだからね…ははっ」



冷や汗が背中を伝うが、彼女に悟られないように響雅は笑いかける。



(あぁ…………最悪だ!!!)



乾いた笑みを一所懸命に浮かべながら、彼は自分の不運さを呪うのだった…。




序章:終

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