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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

日田谷の一歩

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 へえ、人の血管をすべてつなげると、10万キロに達するのか。これ、地球を二周半する長さに相当するんだってさ。

 まさか、人ひとりを解体して実際につなげた結果じゃないだろうけど、なんともとてつもない長さだと思わないかい? この身体の中に、地球二周半分のポテンシャルが詰まっているんだよ。

 ときに超能力、神通力とか、理解の難しい力が個人にそなわっていると聞くけど、こいつも地球に匹敵する潜在能力を引き出しているのなら、できてもおかしくないかな、とは思う。

 地球にはまだ、確認されていない領域も多いんだ。二周半する血管の中に、たまたまその解読できない力が発揮される土壌が整ってしまったのかもしれない。


 それほど広い場所にもかかわらず、どこか一カ所に不備が生じるだけで、全体を壊しかねない異状につながる恐れもはらむ。

 私たちもひょっとしたら、日常のささいなことで大事件へつながる、何かをしでかしてしまう恐れがあるかもしれない。

 私が昔に聞いた話なんだが、耳に入れてみないか?



 むかしむかし。

 日田谷ひたやと呼ばれる男が、山へ薪を拾いにいった帰りに、奇妙な整地に出くわしたのだという。

 本来、芝がもうもうと生えているべきその地点は、日田谷が見た時に、およそ3丈四方の白い地面をさらしていた。

 日田谷が山に入っていたのは、せいぜい一刻程度。その行きの道では、この地点はよそと変わらない緑を生やしていた覚えがあった。

 それが、この禿げ上がりよう。あたかもずっと前から、この状態であったのだと強調せんばかりだ。

 地面には、一寸たりとも緑が顔をのぞかせる様子がない。そうとうに気を配り、文字通りの根絶やしを狙う気概がなくては、こうも丸裸の場を用意することはできないだろう。


 自分の記憶通りならば、信じがたい神業がこの場に展開したことになる。

 興味を惹かれるまま、日田谷はそのむき出しの土の上へ、おそるおそる一歩を踏み出してみた。

 そこまでで自分が踏みしめてきた、湿り気を帯びる土の気配とは真逆。石のように乾ききった表面かおが、履いた草履を出迎えた。

 とたん、日田谷はちくりと腕にかゆみを覚えた。

 蚊に刺されたときに似ている。何かをしているおりには気づきづらいが、何もしていないならば、すぐに感じ取ることができる、あの感触だ。

 見ると、右の手首近く。

 浅黒い肌の上からでも容易に判別がつく赤み、その中央から立つこんもりとした肌の丘。まぎれもない虫食いのあと。

 山中のことゆえ、虫が刺してくるのは珍しいことじゃない。それでも妙な「ただれ」になっても困ると、引き返しかけて、ふと日田谷は目にしてしまう。

 例の地面、草をまったく生やさぬ石のごとき土。肌白いそれが、自分が足をどけたところのみ、ほんのりと赤く染まっていたのをだ。


 家に帰ってみたときには、腫れたあとはだいぶ膨らんでいたらしい。

 すでに、親指一本では十分に隠しきれないほど。かゆみもふつふつ湧いてきていたが、日田谷はぐっと我慢する。

 この手の虫刺されをかきつぶして、痛みに後悔したことは一度や二度じゃきかない。これまでのように濡らした手拭いで拭く程度にとどめ、日田谷は増していくかゆみを我慢し続けたそうなんだ。

 しかし、その日の夜更け。

 日田谷は右手に熱を感じ、ふと目を開いた。

 暗闇の中で見る、自分の右腕。その手首あたりを見やると、あの腫れはなお大きさを増していた。

 もはや、握りこぶしと大差ない。どちらが己の手の先なのか、ぱっと見ただけでは戸惑ってしまうほど。


 日田谷が身体を起こしかけたところ、その膨らみは体重をかけたわけでもないのに、おのずと破れる。

 はじけるほどではない。腫れの頂が、どろりと溶けたかのような、崩れようだった。

 そこから現れたのは、ヒルかミミズを思わせる細くうねる軟体。

 何十もあふれ出るそれらは、ときに羽を得ているかのように軽々と宙を舞い、壁へ柱へ、ときには日田谷の脇をすり抜けるように通り過ぎて、床へうずまっていく。

 日田谷の腕に残されるのは、すっかりしぼみ、ふやけてしまった皮の塊と化したふくらみ。

 押しても、つついても、そこからはみじんも痛みを感じない。むくみを帯びた皮膚のそれと同じように、へこんでもすぐには戻らない状態だった。


 憂いながらも、火をおこしたうえで家の中をあらためる日田谷は、その光景に息を呑む。

 闇の中、あのヒルかミミズたちが飛び散り、とりついた箇所、箇所、箇所。

 その木の表面に、自分の肌が見せたような隆起が、かすかに浮かんでいたんだ。

 肉眼で確かめられただけでも、大小あわせて38。ひょっとしたら、自分の目の届かないところにもあるなら、もっと増える恐れもあろう。

 おののく日田谷は、夜中も構わずに住まう村の長老の家の戸をたたく。取り次いでくれたもの、長老自身にも、自分の穴が開いて、ふやけてしまった皮膚を見せながら、陥った状況について説明していく。

 話を聞いて、明かりと外出の支度を整えた長老とそのお供は、日田谷に案内をしてもらう。

 彼の家ではなく、彼が昼間に踏んだという山の一角、草のはげあがった土むき出しのところにだ。



 めいめい、手に持ったたいまつで照らしてみると、異変は一目瞭然。

 白いと伝えた日田谷の言は、いまや信じる余地はない。草とすっかり縁遠くなったその土は、まさに腫れの真っただ中といわんばかりの、紅色にあふれていたのだから。

 特に中央の部分には、まるで魚卵を思わせるような、あぶくの集まりができており、今もなお土と接する部分からふつふつと湧き上がって、数を増していたんだ。


「『栓』をのぞかねばならぬ」


 そう長老が告げると、あらかじめ持参していた、トリモチをひっつけるときに使う長い竿を日田谷に持たせる。

 その先でもって、あのあぶくをすくっていけというんだ。くだんの一歩を踏み出したのがお前なら、ケツまでもってやらねばいけないと。


 草の生えたところより内側へ入り込まぬよう、日田谷はそうっとあぶくを竿で拾っていく。

 一気に5つほどすくわれるそれを、手元へ引き寄せては、そばの草の上へ転がしていく。

 たちまちしぼんでいくものもあれば、ぱちんとはじけるものもあり。

 はじけたものの中からは、日田谷の腫れから出たのよりも、ずっと細い糸のような連中がにょろりと這い出すも、いくらもしないうちに動かなくなっていく。


 何度も往復させる作業ののち、東の空が白み始めるころになってようやく、あぶくはすべて草の上へと移されきった。

 あぶくを失ったかの土からは、たちまち赤みが引いていき、昼間に見たような白い顔を見せ始める。また踏むことのないよう厳命され、すぐに柵で囲われる運びになったそうだ。

 日田谷の家はというと、崩れ落ちこそはしていなかったが、そこかしこが穴だらけになっていて、家全体は傾いでしまっていたらしい。

 隆起を確かめた箇所たちには、もれなく穴が開いていて、それらのいくつかが家の軸にも影響をおよぼす深手だったと見えた。


 日田谷の一歩によって、危うく暮らしそのものも傾いてしまうところだった。

 世も盤石に見えて、そこかしこに繊細さが転がっているかもしれない。


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