第73話 追い剥ぎイベント1
はた目には弓を空引きしながら歩いているおかしな女だったわけだけど気にしたら負け。
道行く人や荷馬車の御者、箱馬車の窓からの視線を感じながら不射の不射を続けること2百数十回。そこでシステム音が頭の中で鳴った。
『弓術3の熟練度が規定値に達し、弓術3は弓術4にレベルアップしました』
うまくいった。弓術4になって弓術が内容的にどれくらい上達したのかは今のところ分からないけれど、今までのレベルアップから考えて、遠くの的がズームされて良く見えたり、照準の丸が小さくなったり、威力が増すのだろう。射程も伸びるはず。
魔族の調査行は中止してもらいたいけど具体的方法なんて思いつきそうもない以上、結局あの島に行くことになるよね。それまで時間がある時不射の不射をしてれば『ペイルレディー』号に乗り込む前には弓術が今の4から6くらいになるんじゃないかな? それと、不射の不射だって続けていたらそのうち本当に『不射の射』に成ったりするかも。そんなことあり得ないとは言い切れないから頑張っちゃうぞ!
そこから100回くらい不射の不射を続けてたら小鹿亭の前だった。烏殺をしまって中に入りニーナちゃんからカギを貰って部屋に戻った。
部屋の中で不射の不射をしようと思って再度烏殺を取り出し一度だけやったところ思った以上に大きな音がしたので、その一度だけで止めて烏殺もアイテムボックスにしまった。
他に部屋の中で静かにできることというと、腹筋とか腕立て伏せ、それにスクワットくらい。試しに腕立て伏せをちょっとやってみたんだけど、何度やっても腕が疲れた感じがしない。負荷が低すぎて今のわたしじゃ意味ないみたい。そこで思いついて片腕で腕立て伏せをやってみた。
おっ! 足をそろえて片腕腕立て伏せをしたら少しだけ腕に力が必要だしバランスを取るのに体にも力が入ってちょうどいいみたい。左右100回ずつやってみたらそこそこ腕が疲れちゃった。
腹筋は何か重いものでも首の後ろに持たないとまるで負荷がかかりそうもないのでやめて、片足スクワットをすることにした。片足を水平に上げてもう片方の足を屈伸するんだけど、これもバランスを取るのがちょっと大変で、脚にそれなりの負荷がかかっていい運動になった。これも左右100回ずつやったら足が疲れて少しだけだけど汗も出てきた。
クリンをかけてさっぱりしたところでベッドに横になっていたら知らないうちに夕方になっていたのでコップに水を入れて一口飲んだあと食堂に下りていった。
夕食を終えた後はいつもどおり何もすることはないので結局ベッドに横になってその日は終わった。
そして翌朝。
少し負荷のかかる運動を前日したけどベッドから出て体を動かして見たところどこも強ばったところはなかった。若いって素晴らしい。ってことかしら。
食堂で朝食をとったわたしは、部屋の鍵をニーナちゃんに返して、市庁舎から迎えが来るのを小鹿亭の入り口で待っていた。
約束の9時の5分前、小鹿亭の前に馬車が止まってゲランさんが降りてきた。わたしは見送りのニーナちゃんに「行ってくる」と言い残してゲランさんと一緒に馬車に乗った。
市庁舎に到着後、ゲランさんとわたしは馬車を乗り換え王都方面である北を目指して出発した。
馬車は前回同様順調に進んでいき、ブレスカを出発して3日目になった。今日は午後一番で追い剥ぎイベントが発生するハズだけど、果たしてどうだろう。昼の休憩時、休憩場所にベネット姉弟の乗った馬車が止まっている可能性が高いので、見つけたら同行することを提案してもいい。彼らとて、いちおう凄腕の冒険者と王都まで旅をする方が安心のハズだ。
この日わたしは適当な理由を付けて30分早く宿場の駅舎から馬車を出してもらった。
午前中は何事もなく馬車は街道を北上していき、前回昼休憩した広場で今回も昼休憩のため馬車は停車した。広場には3台ほど馬車が止まっていたけれど、ベネット姉弟たちの姿は見えなかった。馬車の中にいる可能性があるので、食事を終えたら見回ってこよう。
おじさんが馬を休ませているあいだに、わたしとゲランさんは昼食を取った。キョロキョロしていたわたしにゲランさんが少し不審に思ったようでどうしたのか聞いてきた。
「知り合いがいるかも知れないと思ってちょっと見回してたんです」
ベネット姉弟とはまだ知り合いになってはいないけど、心の中ではれっきとした知り合いだものね。
わたしたちが食事を終え片付けをしていたら一台の馬車が広場から街道に出て北に向かっていった。馬車には御者を含めて黄色い点が5つ。馬車の中を確かめる前に出ていかれてしまったけれど今の馬車にベネット姉弟が乗っていた可能性は高い。
わたしは急いで片付けを済ませ、残った2台の馬車の中をのぞいたんだけどベネット姉弟は乗っていなかった。やはりさっきの馬車がそうだったようだ。
「いますぐさっきの馬車を追いたいんです」
ゲランさんと御者のおじさんに無理を言ってすぐに馬車を出してもらった。先ほどの馬車が出発して10分経っていた。10分なら何とかなる。
20分ほどわたしたちの乗った馬車が街道を進んだところで、レーダーマップに黄色い点が7つ映った。馬車の窓から顔を出して前を見たら100メートルちょっと先に馬車が見えた。
その馬車が急に止まって、いったん街道を外れてUターンを始めた。そしたら無理をしたのかな車の車輪が一つ外れてしまい馬車は半分横倒しになった。
街道前方から馬に乗った3人組が近づいてくる。レーダーマップの範囲外なのでまだはっきりとは分からないけれど、追い剥ぎ3人組だろう。
一方車輪が1つ外れて傾いた馬車の中からおじさんとおばさんが這い出てきた。御者は御者台から跳び降りて藪の方に走って逃げていった。
馬に乗った3人組が近づいてきてわたしのレーダーマップに黄色の点と赤い点のセットが3つ映った。馬に乗った追い剥ぎ確定だ。
「ゲランさんは馬車の中にいてください。ちょっと仕事をしてきます」
わたしは馬車を止めてもらいゲランさんを残して馬車から降りた。