第72話 自主トレ
王都行きが決まった翌日。
きのうのゴブリンの耳を換金するため朝早くから冒険者ギルドに顔を出した。いちおう防具も付けたフル装備だ。
朝早かったせいか大勢の冒険者たちでホールの中はかなりうるさかったんだけど、わたしがホールに足を入れたら、波紋が広がるように会話が無くなっていき、ホールの中がしんとしてしまった。
だからと言ってわたしが何をどうこうするわけにもいかないので、無視して買い取り窓口に向かった。買い取り窓口前には朝早かったせいで順番を待っている人もいない代わりに買い取り担当者もいなかった。
「誰かいませんかー?」
わたしの声が静かになったホールの中に響きみんながわたしの方を見た。ちょっと恥ずかしいカモ?
「お待ちください」
窓口の受付嬢がいままで相手をしていた冒険者を置いて小走りにわたしの前にやってきた。わたしってVIP待遇なのかも?
「ゴブリンの耳です。お願いします」と言って、ゴブリンの耳が入った布袋をカウンターの上にどさりと置いた。
受付嬢はカゴを2つテーブルの上に置いたけれど、カゴが小さかったので大きなカゴに取り換えた上、袋からゴブリンの耳を一方のカゴに空けた。カゴに山盛りになったゴブリンの耳をもう一つのカゴに移しながら数を数えていった。ホブゴブリンの大きな耳も5つくらい入っていたはずだけど、面倒だったので何も言わなかった。
「これは、ゴブリンじゃないようです。ホブゴブリンですね」
受付嬢には言わなかったけれどちゃんと区別してくれた。受付嬢は最初のカゴ1つテーブルの上に用意してそのカゴにホブゴブリンの耳を入れた。
最終的に、ゴブリン145匹、ホブゴブリン5匹となった。銀貨145枚+銀貨50枚=銀貨195枚。
金貨3枚と大銀貨4枚と銀貨5枚を受付嬢から1枚ずつ手渡された。
これで今日の予定は終了。みんなの目がわたしを追うなか、わたしは冒険者ギルドを後にしようとしたら、わたしくらいの歳に見える女の子の冒険者がわたしに向かって走り寄ってきた。
身構えるほどでもないので無視して出ていこうとしたら、その女の子がわたしの前に回り込み「オーガを退治してくれてありがとうございました。これで安心して南の森に行けます」と言って頭を下げた。
「それはよかった、ケガしないように頑張ってね」
「はい!」
女の子はそれだけ言ってもといた場所に戻っていった。わたしって怖がられているばかりじゃなかったみたい。疎外感と言うほどじゃなかったけどなんだかお客さまの感じがしてたんだよね。女の子のその一言で気持ちよく冒険者ギルドから出ていくことができた。
冒険者ギルドを出たものの、明日の朝からの王都行きのための用意するものは全部用意しているから本当の意味で何もすることがない。
弓術の伸びが剣術に比べて遅れているので、弓矢の練習をしたいけど剣術以上に場所を取るので容易に訓練場所を見つけられない。弓術は剣術と違って弓を振り回して素振りもないしね。
相撲の弓取りは素振りになるかもしれないけれど、あんまり意味なさそうだし。
そうだ。弓を引けば少なくとも筋力のトレーニングにはなるはず。烏殺はあまり強い弓じゃないけどそれでも何回も引いていれば筋力は付いてくるはず。
さっそくわたしは弓矢の訓練をするため適当な空き地を見つけようとそこらを歩き回った。
そしたら市庁舎の近くにちゃんとした公園があった。市庁舎の近くということはターナー伯爵の屋敷の近くということでもある。今回エレナちゃんイベントが起きなかった関係でエレナちゃんに会っていない。ちょっと寂しく思っていたところだったので、エレナちゃんがいたらいいなーとか思って公園に入っていった。
公園の中をぐるりと見渡したところ、残念ながらエレナちゃんも侍女のマリアさんも公園にはいなかった。
仕方ないよね。目立っても仕方ないので人のあまりいない公園の隅の方で烏殺の弦を引くことにした。
訓練を始める前の弓術スキルの伸びを確かめたところ、
弓術3(60パーセント)だった。
まずは100回烏殺の弦を引いてみよう。あんまり無駄に弦を引くと弓に良くないんじゃないかと一瞬思ったけれどボーナス装備はどれも神さま支給なのでそんなやわな弓のハズはないので気にせず訓練を始めた。
「1、バシッ。2、バシッ。3、バシッ。……、9、バシッ。10、バシッ」
ただ引いてるだけだと筋力しか強化できないだろうと思い、11からはエアー的に向かってエアー矢を射ることにして弦を引き始めた。
「……11、バシッ。……12、バシッ。……13、バシッ。……」
「……98、バシッ。……99、バシッ。……100、バシッ」
わたしがいい気になって弓矢の訓練をしていたら、わたしの方におじさんが近づいてきた。気にせず弦を引いていたらおじさんがわたしに向かって注意した。
「きみ、ここは市庁舎の庭園なんだが、見ない顔だけど市庁舎の者なのか?」
ここは公園じゃなかったのか。
今となっては市庁舎の関係者ではあるけれど、市庁舎の者かと問われれば否と答えるしかない。
「いいえ」
「なら、さっさと出ていかないか」
世の中世知辛い。
ゲランさんに一言言えばここを使わせてもらえると思うけど、そこまでする気にもならなかったのでそのまま烏殺をアイテムボックスにしまって市庁舎の庭園から出ていった。
通りに出たところで弓術スキルを確かめたところ、
弓術3(72パーセント)となっていた。かなり伸びてる。100回くらいで12増えてた。
あと28で弓術4になるということは、あと200回とちょっと弓を引けばいいということだ。楽勝じゃない。
市庁舎前の通りは大きな通りと言えば大きな通りなんだけど、馬車の行き来も人通りもそんなに多くはない。再度烏殺をアイテムボックスから取り出したわたしは通りを歩きながら訓練を再開した。
「……1、バシッ。……2、バシッ。……3、バシッ。……、……9、バシッ。……10、バシッ」
歩きながら弓を引き道行人を的に見立ててエアー矢を放つ。弓は使ってはいたけれどこれぞまさに不射の不射(注1)だ。
はたから見ればかなり危ない人であるということは自覚しているけれど、訓練の成果が数字として現れてくるので今のわたしはがぜんやる気が出ているのだ。
注1:不射の不射
出所:中島敦の『名人伝』の「不射の射」