第45話 フリゲート『ペイルレディ』3
気持ちよさそうに窓から海を眺めている二人に悪いので、ずっと片手で窓を支えていたんだけど、だんだん腕が疲れてきてしまった。
何かつっかい棒があればいいというか、どこかにきっとあるはずだよね。
そう思って周りを見たもののそれラシイものは見当たらなかった。
そうだ! アイテムボックスに入れてる薪から適当なのを選んでつっかい棒にしてやればいいんだ。
「悪いけど、窓から手を放すね」
「おっと。
気付かず、済まなかったのじゃ」
「シズカちゃん、ごめんね」
「気にしないで。つっかい棒を作るからちょっと待ってて」
わたしは薪の束をアイテムボックスの中から取り出して中から適当な長さの枝を選び出し、ナイフで片側の先を船窓の下の枠に引っ掛かりやすいよう溝を作った。
「これでうまくいくと思う」
ナイフをしまってから窓を押し開けて今作ったつっかい棒の溝を窓枠にはめて、その反対側を窓板にあったちょうどいい窪みに当てて窓から手を離した。さすがにこの程度の工作では失敗もせずつっかい棒は外れることもなく役目を果たしてくれた。
「シズカは器用なのじゃ」
「ホントだね」
この程度の工作でも褒めてもらえばそれなりに嬉しい。よく考えたらステータスの巧みさも他人さまより高いわけだからあたりまえか。
窓からだいぶ低くなって赤みを増した太陽も見える。もう1時間もすれば水平線に沈む夕日が拝めそうだ。
3人で夕陽を拝み、それから再度ハンモックに苦労して上ってさらに苦労して体を横にした。
特にすることもないのでわたしたちはそのまま波と風の音を聞きながら眠ってしまった。
翌朝。日の出前、カンと鐘が一度だけ鳴らされ、また目を瞑ったら、カンカンと2度鳴らされた。
『ナビちゃんいま何時?』
『午前5時です』
朝食は何時になるのか聞いていないけれど、そろそろのような気がする。体にクリンをかけてスッキリしたところで、ハンモックから降りた。寝ているあいだに何かコツをつかんだようで落っこちることなくハンモックから降りることができた。今日は何かいいことがあるかもしれない。
わたしが起きてガサゴソしていたことで、ナキアちゃんとキアリーちゃんも起き出してきた。
身支度と言っても寝た時と同じ鎧下姿にクリンをかけただけなんだけど、身支度を終えてたわたしたちは昨日の夕方から開けっ放しの窓から顔を出して海を眺めた。海と青空と水平線が見えるだけで他には何も見えなかった。潮風と言っても塩辛いわけじゃないんだとなんとなく思った。
レーダーマップ上にはわたしが見たり歩いた船の部分が映って、船の形にたくさんの黄色い点が動いているだけで、それ以外に黄色い点は見えない。海の中にはある程度大きな魚とかほかの生き物はほとんどいないようだ。遠洋だとそう簡単にマグロやカツオに出くわさないということなんだろう。
レーダーマップでは船の外の様子はほとんど分からないので、船の速度なんかも船の上げるしぶきや波から想像するしかない。揺れもほとんど感じないし窓から覗いた感じでは、船は快調に帆走しているんじゃないかな。
何か帆走上問題が起これば、艦長さんからハーネス隊長に一言くらいあるだろうし。
そのうち船室の前から声がした。
『朝食の準備ができました』
「はい」
3人揃って部屋を出ると、ハーネス隊長とカルヒもいた。みんな揃って案内の若い男の人に続いて食堂に入った。
今日は昨日とは違う食堂で、部屋の中にはわたしたち5人だけだった。部屋の内装も昨日と比べると劣っているように見えた。お客さまと言っても大したお客さまではないということなのだろうし、艦長などと食事したいわけではないのでこっちの方が有難かったりする。
朝食のメニューは、なんだかおかゆのような? どろりとしたものが深皿に入っていて、他に厚切りのベーコンとイモとニンジンと何かの肉が入ったスープだった。
「これはマズいとうわさの海軍の麦がゆではないか?」
どろりとした何かが入った深皿を覗き込んでナキアちゃんがそう言った。麦がゆなのか。見た目も色も日本人が考えるおかゆとは似ても似つかぬ代物でたしかにおいしそうには全然見えない。
「ナキアちゃん、これに慣れなけりゃいけないよ。乗組員たちはみんなこれを食べてるんだから」
「これもわらわに与えられた試練と思えばたやすく乗り越えられるのじゃ」
そう言ってナキアちゃんは残りの4人が注目する中、スプーンで麦がゆをすくって口に入れた。
「ウエッ。マズい。これは人が食べていいものではないのじゃ。こんな試練はまっぴらなのじゃ!」
そこまでマズいのか。
逆に試して見たくなった。という人物は誰も現れなかった。
とはいえ、これから先、この麦がゆなるものを食べないわけにはいかないだろうから、試練は乗り越えなければいけない。
わたしは理性で感情を押し殺して麦がゆの入った深皿にスプーンを持っていった。ふと周りを見回すと、みんなわたしのスプーンを見つめている。
意を決したわたしは麦がゆをスプーンに半分くらいすくって口に運んだ。
口の中にひろがる得も言われぬ食感と、塩辛さを基調とした謎の味付け。料理という言葉をあらゆる意味で否定したような代物だった。とにかく口に入れたものを水で流し込んだ。後味の悪さも圧倒的で、さらにもう一口水を飲んだ。
「これは、人が食べていいものじゃない」
それから麦がゆはなかったことにしてみんなは食事を続けた。