第41話 自由時間1、祈り
海軍の船に乗って調査に出かけるまで丸2日自由時間になってしまった。わたしにとってあの訓練はあまり意味がなかったから短縮されたことはラッキーだった。
会議室から部屋に戻ったわたしたちはさっそく街に繰り出そうということになった。美味しいものも食べたいしね。
ナキアちゃんとキアリーちゃんは普段着を持っていなかったので、鎧下姿で街に繰り出すことになった。わたしだけ普段着を着るわけにもいかなかったのでわたしも鎧下姿で外出することにした。
レーダーマップがあるけれどほとんど王都内を見て回っていないわたしは王都内のことはほとんど分からないのでナキアちゃんとキアリーちゃんの後ろをついて歩くことになる。
ブレスカで一度鎧下姿で外出した時は、自分の姿は目に入らない関係でそれほど気にならなかったんだけど、嫌でも前を歩くナキアちゃんとキアリーちゃんの鎧下姿が目に入ってしまう。
これも付き合いだもの仕方ないよね。
自分の格好を気にするのは自意識過剰なだけで、ふつうに考えれば誰も他人の格好なんて気にしないよね。と、思っていたんだけど、わたしたちのことを振り返って見る人が何人もいた。自意識過剰なだけじゃなかったー。
3人の美少女が揃って鎧下姿で街を練り歩けば、鎧下姿が王都の若者たちに流行るかも? それはないか。
「そういえば、二人は同じ街の出身なの?」
「わらわたちは、カディフの出身じゃ」
「わたしは南にあるブレスカって街から来たんだけど、出身はサイタマってところなの。だからあまりこの国のことは知らないんだよ。カディフってどのあたりになるの?」
「カディフは王都からだと馬車で10日ほど西にあるこの国第二の街なんだ。人魔対戦中一時期この国の都だったこともあるんだよ」
「そうなんだ。
ブレスカの市長さんの私邸なのかブレスカ市の公邸なのか分からないけど立派な屋敷がこの都にあるの。カディフがらみの建物とかないの?」
「カディフの公邸ならここ王都にあるぞ。わらわたちの荷物もそこに置いておるのじゃ。
この格好で出歩くのは少し恥ずかしいのじゃが、カディフの公邸まで服を取りに帰るのも面倒じゃし、王都には知った者もおらんからこれで十分なのじゃ」
なるほど。
「これからどこに行く?」
「カディフでは聖女とまで言われておったわらわじゃが、ここでは存分に羽目を外せるのじゃ!
まずは、軽く一杯飲んで、そこで出発までの英気を養う相談をするのじゃ。ヒャッヒャッヒャ」
「賛成。ヘッヘッヘ」
この二人恐ろしいほど息が合ってるよね。わたしも一人ではわざわざ飲みに行こうとまでは思わないんだけど、友だちで飲むのは楽しいのでもちろんその案に賛成した。
ということになり、わたしたちは居酒屋というか食堂を探すことになった。
近衛師団の訓練場は王都の中心である王宮からさほど離れていない、言ってみれば一等地にあった関係で食堂はすぐに見つかった。
中に入ると4人席が並んだ食堂で、壁にメニューが張り出してあった。居酒屋と思って利用していいだろう。
空いていた4人席に3人で座ったところでナキアちゃんがエールを注文した。
「エール3つ。できるだけ大きなジョッキで頼むのじゃ!」
『はーい』
店員の女の子がナキアちゃんの声を聞いてすぐに返事をして奥にある厨房に駆けていき。大ジョッキ3つを重そうに抱えてやってきた。
「エール3つ。どうぞ。エール3つで大銅貨3枚です」
その場で払わないと勘定できないものね。
おそらく今現在所持金がナンバーワンのハズのわたしが大銅貨3枚払っておいた。
「料理のご注文はどうします?」
「飲みながら考えるからもう少し待ってほしいのじゃ」
「はーい」
『おねえさーん』
「はーい」
店員の女の子は、他の客の注文を聞くためそっちに駆けていった。
「それでは、われらの前途を祝して乾杯なのじゃー!」
「「乾杯」」
当たり前だけどエールは生温い。そして炭酸ガスを無理やり入れて泡を作る生ビールと違って泡はほとんど立たない。炭酸ガスはどうでもいいけれど切実に冷蔵魔法が欲しいところだ。そうだ! いいことを思いついた。
「ねえ、わたしの住んでいたサイタマだと、こういったお酒は冷たくしてるの。
冷たい方がおいしいんだよねー」
「ほう。わらわたちは、いつもこれくらいのエールを飲んでおるから気にならなんだが、冷たいエールか。冬のエールはそれなりに冷たいがこの季節に冷たいエールを飲めばうまそうなのじゃ。で、サイタマの国ではどのようにして酒を冷やすのじゃ?」
「どこの家にもレイゾウコっていう魔道具があるんだよ」
「なんと、サイタマとはそれほど豊かな国なのか!?」
「それなりにね。
それでね、ナキアちゃんがこのエールに向かって冷たくなれって祈ったら冷たくならないかな?」
「おおっ! それは試してみる価値があるのじゃ。
どれ。まずはわらわのエールから」
ナキアちゃんが手に持ったジョッキを見つめて口をもごもごさせた。ジョッキと言っても木で出来たジョッキなので向かいに座るナキアちゃんのジョッキの中身がどうなったのか分からなかったけれど、ナキアちゃんがジョッキを掲げて一口飲んだ。
「ウォー。半分凍ってシャリシャリしておるのじゃ。これはこれでアリじゃな」
「ナキアちゃん、わたしのも早くやってよ」
「じゃあキアリー。そしてシズカ。
どうじゃ?」
「冷たーい。これいいねー」
「うん。これだよ。ちょっと冷やし過ぎだけど、これはこれでおいしい」
すごいな。この世界に来てここが地球じゃないんだなーって今一番実感したよ。
キンキンに冷えたを通り越して半分シャーベット状になったエールを飲みながら、わたしはまたひらめいた!
「ねえ、ナキアちゃん」
「なんじゃ?」
「エールが冷たくなってるってことは、あの堅パンだけど柔らかくなるんじゃない?」
「おおお!!! 確かに。いま堅パンがないから試せぬが、まず間違いなく柔らかくできるのじゃ。生まれてこの方このことに気づけなかった自分が情けないのじゃ」
「でも今気づいたからラッキーだったね!」
「そうじゃな。調査本番の食生活は確実に改善されるのじゃ。シズカは天才なのじゃ」
「それほどでもー。
で、料理はなにを頼もうか?」
「壁に書いてある料理のなかでつまみになるものを片端から頼めばよいのじゃ」
「そ、そうだね。
おねえさーん!」
『はーい』
「壁に貼ってあるメニューの中で、お酒のつまみになりそうなものを端から持ってきてくれるかな?」
「いいんですか?」
「うん。だけど、テーブルが一杯になったら、空になったお皿と交換で新しい料理を持ってきてね」
「了解です」
「おねさん、エールを1つ」
「もう1つ」
「はい」
ナキアちゃんとキアリーちゃん、二人とももう飲んじゃったのか。わたしのジョッキの中にはまだ3分の2は残っている。キアリーちゃんはわたしくらいの体格なので、大柄と言うほどじゃない。ナキアちゃんははっきりと小柄だ。もしかして、二人は蟒蛇なのか?